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書くわけねーだろ

ライターの師匠である佐藤友美さんから、「手首を切るような文章を書いてはいけない」という話を教えてもらった。師曰く、エッセイ投稿サイト『かがみよかがみ』の編集長、伊藤あかりさんの言葉らしい。
書いて血が出るような、自分が傷つくようなエッセイを書いてはいけない。そういう文章を公開することは、命を危険にさらす行為だ。だから、爪や髪の毛といった、切っても血が出ないようなところを切って書きなさい。
一般のエッセイ投稿者に、よくそう言っていたそうだ。


話は変わるが、私がライターになったのは、もちろん書くことを仕事にしてみたいというのが第一の理由ではある。
しかし、他にも理由はいくつかあって、そのひとつが、自己防衛であった。「私に何かしてみろ、書いて発信してやるぞ」という気持ちでいるだけで、割と苦しくなくなった。今でもこの気持ちは、お守りにしている。
ただ、そんな気持ちで書いたものを、公表すべきではないな、というのが今の私の考えである。
まず、そう書くことで周りの人が傷つく可能性があると思ったこと。例えば私の息子さん。同居する両親。兄弟。親戚。友人。彼らが、「私は過去にこんなことをされたの」と書いて、どう思うか。きっと嬉しくはないし、人によっては悲しむ。
そして、私の書くという行為を、そんな低俗なレベルに落としたくないと思ったこと。私の文章は、人を蔑むためにあるのではない。私の文章は、読者や書く人(私)を豊かにするためのものだ。その行為は私のライターとしての格を下げる。そんな気がする(「格」という表現が正しいのかよくわからないが)。


ところで、先日読んだ編集者の小寺智子さんの著書、『ある編集者の主観』にこんな文章がある。

 史上最悪の恋人との別れが私に与えてくれたもの。

 本当の私。
 必要なものだけに囲まれた人生。
 一生大事にしたいと思える友達。
 そして、大好きな仲間たち。

 感謝している。
 あのとき、私の人生を通り過ぎてくれたこと。

小寺智子『ある編集者の主観』(サンクチュアリ出版)
「『闇』をも手懐けよ」より p.202

「自分が幸せになることが、自分を攻撃してきた人のへの最大の復讐だ」みたいな話は、いろんなところで語られる。この文章は小寺さん流の「自分が幸せになることが最大の復讐だ」だと思った。
いや、ちょっと違うのかもしれない。最早、復讐したいとも思っていない。通り過ぎていったことに感謝すらできる心境。ここに至るまで、彼女がどれほど苦しんだか、わかる気がする。


昨日、血が滴るまではいかないが、まだかさぶたで、剥がせばじゅくじゅくと血が滲みそうな、そういうことに、いったんのケリがついた。
総じて、これだけは言いたい。

書くわけねーだろ、ばーーーーか!


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