何かひとつに、一度だけでもなれたなら:The Promise Ring『Become One Anything One Time』|感情の設計図#13
苦しい過去も、つらい現実も、すべて受け容れて。
あなたを包み込む何かになりたい。
たとえ、美しい記憶たちに出会える場所が儚い夢だとしても。
それでも僕は、あなたがどこかで笑顔ならば嬉しい。

Midwest Emoの筆頭格として
2001年から2005年。僕がこれまで紹介している楽曲の多くが、この年代に収まっている。なぜ?と考えてみると、多感(かつヒマ)な大学生だったこの時期に一生の土台となる分量の音楽を雑多に聴き漁り、その歴史を辿り、生身のライブを五感に焼き付けてきたからに他ならない。ほろ苦い出来事も多かったけれど、その時間はいまでも僕にとって宝石のように煌めく記憶になっている。
米ミルウォーキー出身のThe Promise Ringもそのひとつだ。90年代の米エモシーン(特にMidwest Emoといわれる西海岸のエモ)を代表する存在であり、前作までの彼らは軽快なパンク/ギターポップのフォーマットに乗りつつ、中毒性のあるヘロヘロな声と演奏、そして感情を素直に吐露する歌詞で若者たちに強く支持されていた。

「僕は○○を知らない…」と繰り返す表題曲を何度聴き、
枕を濡らしたことだろうか。
Sheep at Duskさまのnoteに、素敵な対訳と解釈があった。
脳腫瘍からの復活と「エモ」からの脱皮
ところが最終作となる2002年の4th『Wood/Water』では、作風が一変する。
その背景には、フロントマンでボーカル/ギターのDavey von Bohlenが2000年に患った脳腫瘍の影響がある。4度にもわたる大手術と療養。長期の活動休止を余儀なくされた経験がバンドに大きな内省と変化をもたらした。旧来の「明るく疾走感あるエモ/ギターポップ」から一気に脱皮し、フォークやポストロック的な静けさと深みを伴う作品へとシフトするきっかけとなった。
プロデューサーにBlurやThe Smithsで知られるStephen Streetを迎え、英Anti-レーベルからリリースされた本作は、エモというジャンルを超えた「大人のインディーアルバム」として賛否を巻き起こした。Pitchforkは3.2点という厳しい評価を下し、旧来のファンからも「変わりすぎだ」との声が相次いだ。一方でNMEは「人生の再出発を祝うような美しい作品」と賞賛し、後年にも「実はバンド史上もっとも成熟した傑作」と再評価されることになった。
僕はこのアルバムを神奈川県内の中古レコード屋で手に入れた。大学3、4年生のころだっただろうか。森の中にいるような、不思議なアートワークに惹かれた。
『Become One Anything One Time』はアルバム4曲目に位置する。
曲名を訳すと「何かひとつに、一度だけでもなってみよう」。これだけでもグッと来てしまうものがあるのだが、歌詞を眺めるといくつかのメタファーが散りばめられている。それらを少しずつ見ていきたい。
闘病と回復を通じて得た「受容」の人生観
イントロで入るリバースリバーブ(逆回し残響のエフェクト)のギターが、夢の中にいるような浮遊感を漂わせる。10秒ほどで現実に戻り、アコースティック・ギターのシンプルなアルペジオと囁くようなヴォーカルからゆったりと曲が始まる。
Wood water
When the shoe don't fit
All the news just has your name on it
It's an open door when the bricks are laid
But you've got space for something more
木と水
靴が合わないときは
全てのニュースが自分に向けられているように思える
レンガを積み終えたとき、扉は開かれる
でも君には、もっと大きな余白がある
アルバムタイトルにもなっているWood water≒「木と水」とは何だろう。ここでは対照的な要素の並置と読み取れる。硬さと流動性、生と再生の象徴とでも捉えてみる。
「When the shoe…」以降は、自分に合わない現実への違和感とやや過剰な自己意識が表現されているが、そのあとに続くPre-Chorusの歌詞も含めると、感じ方が変わってくる。
You gotta have some faith when you give up ground
Lose the fight still toast the day
I'm left with pillow talk
All I hear is whispering and heavy hearts
譲るときこそ、少しの信じる力が必要だ
たとえ負けても、その日に乾杯しよう
残されたのは、まくら元の静かな会話
耳に残るのは、ささやき声と重たい心
これは、まさにDaveyが闘病と回復を通じて得た人生観そのものだろう。「勝利や達成ではなく、“今を生きていること”に祝杯をあげる」という態度。「感情の爆発」ではなく「静かな受容」への移行が示唆される。
コードにややテンション感が加わり、浮遊感が出てくる。
消えゆくものだからこそ慈しむ
2番に目を向けてみる。以下の一節は、一回性の経験の価値、他者と融け合うことへの希求を示唆している。
Become one anything one time
All of our learned things are like
Angel wings, heartstrings, books, parties and tangerines
Up in smoke rings at the end of the day
何かひとつに、一度だけでもなってみよう
僕らが学んできたすべてのことは、まるで
天使の羽、心の糸、本、パーティー、そしてみかんのようなもの
それらはすべて、日が終わるころには煙の輪になって消えていく
人生の中で蓄積した「意味あるものたち」が、最終的にはすべて儚く消えていく様子が描かれている。それは決して悲嘆ではない。「美しいものが一時的であること」を静かに受け容れているような表現が、なおさら美しい。
I'm just happy you stuck around
I'm just happy you stuck around
We're all together now
We become one anything one time
ほんとうに、いてくれてよかった
ただ、君がそばにいてくれて嬉しい
いま、僕らはともにある
僕たちは何かひとつに、一度だけでもなれるんだ
この曲の“核”となるフレーズは、誰もが口ずさめるようなメロディと構成。「そばにいてくれてよかった」というシンプルだが深い感謝の感情が、コードの安定感と相まってじんわりと繰り返される。バックにスライドギターが重なり、淡く滲むような郷愁を生む。僕はこの部分を聴くたびに、いつも何とも言えない気持ちになる。
すべてを一度手放し、また集めなおす勇気
Daveyは当時のインタビューで、次のように語っている。
「Wood/Waterは、自分たちの過去をなぞるのではなく、“今の自分たち”を正直に表したアルバムだった」
実際、彼は自分の歌い方まで見直したと語っており、「違う声で歌ってみることに不安もあったけど、それも含めてやってみたかった」としている。
また、闘病の経験が直接的な歌詞の変化につながったわけではないとしながらも、「すべてを一度手放し、また集めなおすような作業だった」と振り返っている。
「過去のPromise Ringの延長線では、何も面白いことができないと思ったんだ」
『Become One Anything One Time』は、その「再構築」の象徴とも言える楽曲である。結果的にバンドは解散してしまったが、自らを変化させていった挑戦の軌跡は決して色あせない。
(結果的に後継バンドのMaritimeにて、その挑戦が形を変えて開花した)
約20年の時を経て、あらためて何度も聴きこんでいく。ゆっくり眼を閉じる。両耳の感覚に集中する。
やがで大学生の当時とは違ったメロディが染み込んでくる。違った構造が見えてくる。新たなメッセージを受け取ることができる。枯れてしまったと感じていた彼らの変化は、こんなにも芳醇な実をつけていた。
この曲、このアルバムは僕たちに問いかけてくる。
何かひとつに、一度だけでもならないか?
この曲は勇気と再生の讃歌だった。たとえ刃折れ矢尽きても、傷だらけでくたびれてしまっても、「君」の存在を感じていれば僕らは何度でも立ち上がることができる。新たな羽をまとい旅立つことができる。何者かになることができる。たとえその挑戦が、煙の輪になっていつか消えていくとしても。
補足:The Promise RingのPeople Tree
90年代のエモといえば、いまもなお現役のThe Get Up Kids、Jimmy Eat Worldや、神格化されつつあるSunny Day Real Estate、Texas Is The Reasonなどが思い浮かぶ。

The Promise Ringの前にDaveyがギターを弾いていたCap’n Jazz。
Cap’n Jazzからは多くのアーティストが羽ばたいた。美しいアルペジオギターのアンサンブルにポストロックの香りが漂うAmerican Footballなどは、そのひとつ。
なおMidwest Emoと呼ばれる界隈については、現役アイドルでもある内山結愛さまの素晴らしい入門記事がたいへん参考になった。
2000年以降の「エモ」と呼ばれたバンドの音楽性の脱皮は、同時多発的に模索された自己否定/自己変革の動きでもあった。

たとえば、The Get Up Kidsはそれまでの弾けるようなエモパンクを脱ぎ捨て、2002年作『On A Wire』にてダークなインディーロック路線を目指した。表題曲の『Walking On A Wire』は極めて暗いが、補って余りあるほどに美しいメロディが涙を誘う。
一方、もうひとつのエモ代表格Jimmy Eat Worldはメジャー路線に向かった。とはいえ2004年作『Futures』は「未来」という名前を持ちながら、その実、多くの葛藤や痛み、曖昧な希望が綴られた作品となっている。
The Promise Ring解散後、Daveyをはじめとした3人のメンバーを中心にMaritimeが結成される。その2004年作1st『Glass Froor』は『Wood/Water』の路線を継承しつつ、より開かれたインディー・ギターポップへと向かった。ラストの『Human Beings』はその中でも珠玉の作品。
(追記)
『Become One Anything One Time』の貴重なライブ映像。
Daveyの元気な姿を見られるだけで幸せな気持ちになる。
ちなみに『Wood/Water』のヴァイナル版にのみボーナストラックとして収録されている『All Good Souls(すべての善き魂たち)』は、彼らの歴史をすべて包含したような最高のポップソングだ。
興味を持っていただいた方は、ぜひお聴きいただきたい。
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