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あなたを思う本当の心があれば:くるり『ロックンロール』|感情の設計図#9

想いをストレートに伝えるのは、とてもむずかしい。

僕の場合は音楽を聴きながら自分のこころの内側に気づき、音楽の解釈を通してようやく自分の感じたことを(婉曲的に)伝えているような天邪鬼なところがある。直接的な表現は、どこかこっ恥ずかしい気持ちがある。

でもこの曲に関しては、はじめて聴いた時から心をズドンと射抜かれた。イントロのギターリフが煌めいていた。これはすごい作品が出たと確信した。

2004年。大学3年生だった頃のことだ。もう21年も経つ。
時はあまりにも、あっけなく過ぎ去る。


哲学をテーマとした短編小説を書かれている財前創平さんに「【短編小説】ロックンロール」にて取り上げていただきました!!
光栄&感謝感激です。





打ち込み主体から骨太バンドサウンドへの回帰

京都出身のバンドくるり。

エモーショナルなフォークロックで注目を浴びていた彼らは2001年の3rd『TEAM ROCK』で打ち込みやヒップホップを取り込み『ワンダーフォーゲル』『ばらの花』などのヒットを生み出した。

2002年の4th『THE WORLD IS MINE』ではさらに内省的なエレクトロニカ/ハウスミュージックに接近。『WORLD’S END SUPERNOVA』という名曲を放った。

今でこそ珍しくないロックとデジタル技術の融合は、2000年代初頭の時期にSUPERCAR、サニーデイ・サービスなどのギターロックバンドが競い合い実験していった流れでもあった。

彼らはその後、2004年作の5thアルバム『アンテナ』で一気にストレートなバンドサウンドに回帰する(その一方で、歌詞は非常に内省的でメタファーに富んでいる)。

アルバムジャケット。和を感じさせるアート

この変化は、新ドラマーとして加入した(そしてこのアルバム限りとなった)クリストファー・マグワイアの影響が大きい。彼の繰り出すリズムは生き物のような熱量のグルーヴを帯びていて、当時のライブはバンド全体が音楽の喜びに満ちていた

さて、『ロックンロール』は『アンテナ』の4曲目に位置している。アルバムはオリコンチャートで3位を記録した。チャート以上に批評家やリスナーからの評価は高く、「代表的なロックチューン」「くるりの原点回帰を示す名曲」との声が多く寄せられた。

それもそうだ。ロックバンドが自作に「ロックンロール」と名付けるのは、その曲が代表作になる自信がなくてはできないだろう。



いまは亡き誰かを見送る歌

『ロックンロール』の歌詞は一見ストレートで前向きな歌詞なのだが、何度も聴きこんでいくうちに重層的な意味合いが埋め込まれていることに気づく。


例えば1番Bメロの歌詞を読んでいくと、「君」がこの世にもういない(だからこそ、何事もなかった様な顔をして笑い続けている)と読み取れる。その事実をいつか受容して、止めた時間を元に戻す(前へと進んでいく)決意の現れだろう。

それでも君は笑い続ける
何事もなかった様な顔して
僕はただそれを受け止めて いつか
止めた時間を元に戻すよ

『ロックンロール』より


「裸足のままでゆく」という表現は、日本の歌詞文化でも「あちら側」へ赴く表現の隠喩として使われる。

裸足のままでゆく 何も見えなくなる
振り返ることなく 天国のドア叩く

『ロックンロール』より

さらに、この曲が引用しているものからも明らかになっていく。


Beatlesは『Nowhere Man』で “あいつは世の中が何も見えてない”と歌った。

Oasisは『Don’t Look Back In Anger』で “振り返るな”と歌った。

そしてBob Dylanは『Knockin’ on Heaven's Door』で “叩け、叩け、天国の扉を”と歌った。


そう。この曲は死者を見送り、前へと進むための歌でもあるのだ。フジファブリックの志村正彦さんが亡くなった後に、岸田繁さんが志村さんへと『ロックンロール』を捧げたという逸話もある。


一聴するとまっすぐで前向きなメロディで気を引き、先人たちへのリスペクトを込めつつ、別れのメタファーを忍ばせる。岸田繁さんの天才的なマッシュアップ技術が如何なく発揮されている。

なお歌詞解釈については、Gakioさんのnoteにある解釈をとても参考にさせていただいた。
(この場をお借りしてお礼申し上げます)



寄せる波のように繰り返す楽曲構造

次にこの曲の構造を見てみたい。
ミクロ視点では安定した8ビートを基調にギターが同じメロディのリフ(Aメジャー)を繰り返し、楽曲全体では、イントロ→1番(Aメロ→Bメロ→サビ)→2番(Aメロ→※Bメロなし→サビ→サビ繰り返し)→アウトロという骨組みをなしている。

典型的なポップスでは2番でCメロ(ブリッジ)や転調が挿入されるところ、『ロックンロール』ではそれを避けシンプルにしつつ、サビの反復による深化を選んでいる。

結果的に「誰かへの想い」が一層リフレインされ、聴き手の記憶と重ねやすい構造になっているとも言える。


さらには最後のサビ繰り返しでは、このように歌われる。

8の字描くように無限のビート グライダー飛ぶよ
さよなら また明日 言わなきゃいけないな

『ロックンロール』より

8の字は∞(無限)の象徴であり、命の連環や時のループを示す。
喪失からの再生がこの曲のテーマであり、「君」がいない明日を生きていく、生者の物語へと着地しているように思う。


当時のアルバム歌詞カードには英訳も添付されていた。
奥に薄く見える建物は、築地の聖路加病院だろうか




僕らは生きている中で様々な出会い別れに直面する。その多くは自分ではコントロールできない。

であればこそ、僕らにできることは何だろう。

僕はこう思う。

ひとつひとつの出会い別れを噛み締め、いまこの瞬間に真摯に向き合うことしかないのだろうと。


あなたを思う本当の心があれば
僕はすべてを失えるんだ

『ロックンロール』より

心震わせるできごとも、ただそれをありのままに受け止める。じっくりと眺めていると、見えてくるものがある。

『ロックンロール』はその真っ直ぐかつ奥深い構造と歌詞を通して、繰り返しの日々の中のかけがえのない瞬間を慈しむことを僕らに教えてくれている。

あなたはこの曲に、何を見るだろう。
かなしみの先に、何を見るだろう。



補足:くるりのPeople Tree

くるりはそのキャリアを通して、自由自在に音楽性を拡張/深化させてきた。

初期のギターロックから打ち込みへ、さらにロックンロール回帰を経て、クラシック、民族音楽、ニューウェーブなど、作品ごとに別のバンドのような姿を見せる(実際に、メンバーも岸田繁さんと佐藤征史さん以外は流動的である)

くるりのメンバー変遷(Wikipediaより抜粋

さまざまに変化しつつも、その根っこにあるのは日本語ロックの源流であるはっぴいえんどへのリスペクトだろう。『春風』や『りんご飴』『男の子と女の子』などフォーク風味のロックからはそれが感じられる。



くるりの存在はいまやJ-Rock/J-Popの音楽的基盤になっており、その影響を公言するアーティストも少なくない。後世では、2000年代におけるはっぴいえんどのような評価を受けているのだろう。


(追記)
こちらは、時間がない時に見てはいけない。
くるりの『ロックンロール』『ワールズエンド・スーパーノヴァ』の2004年武道館ライブ動画。
音楽の魔法と喜びが、メンバー全員から発せられている。あぁ、時間が無限に溶けていってしまう。


(6/9 追記)
このnoteが「先週特にスキを集めた作品」として選出いただきました!


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