③母親の認知症(認知症の宣告。酷くなる症状)
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▶︎前回のお話:②母親の認知症(親が認知症に⁈)
結局、母は姉に付き添われて病院へ向かった。
精密検査の結果、医師から告げられたのは「脳の萎縮が見られる」という診断。
自分の脳が小さくなっていると知らされたとき、母は一体どんな思いだったのだろう。
きっとショックを受けたはず。到底、納得することなどできなかったに違いない。
しかし、病名がついたからといって事態が落ち着くわけではなかった。むしろ、母の「モノ盗られ妄想」はそこから加速していった。
母は毎日、何かを隠した。そして、隠したことさえも忘れてしまう。
見つからないものはすべて「私が盗んだ」ことになり、それが母にとっては唯一の真実だった。
私に盗まれないようにと、母は知り合いに頼んで自分の部屋のドアに鍵を取り付けた。
「鍵がかかっているんだから、私が入れるわけないでしょ?」
そう言い返しても、「ドアの隙間から入った」と返ってくる。物理的にはあり得ない話だが、母の世界ではそれが現実なのだ。
「犯人だと思われている人は、探し物を見つけてはいけない」
「本人を否定したり、強く言い返したりしてはいけない」
そんな介護の教科書にあるような理屈が通用するほど、現実は甘いものではなかった。 母は最初から喧嘩腰で、こちらの話を聞く気なんてさらさらない。病気だとわかっていても、我慢の限界を超えるほどに激しく、執拗に責め立てられる。
トイレと浴室は母の部屋に近く、万が一鉢合わせをしたら最後、不信感に満ちた目で「何しに来た!」と泥棒扱いされる。食事もお風呂もトイレも、おちおち済ませることができない。自分の家なのに、母の気配に常に気を使い、息を潜めて暮らす。そんな毎日だった。
逃げ出すように外へ出てふと家の方を視界に入れたとき、庭を徘徊するように歩き回る母の姿が目に飛び込んできた。
「泥棒」である私を見つけ出し、さらに責め立てるために、執念深く私を探しているのだ。
その光景を見たとき、やり切れなさが込み上げた。
私は愛犬を連れて家を飛び出し、よく公園の駐車場で、二人きり車の中で過ごした。狭い車内だけが、唯一誰にも責められない、私たちの場所だった。
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④母親の認知症(警察へ通報。在宅介護で直面した現実)
