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左翼活動家・金井創牧師の魂は天国に行けるのか?

3月16日、沖縄県辺野古沖で、反基地運動の「平和学習」中に、17歳の女子高生とともに亡くなった金井創船長(71歳)は、南城市「日本基督教団・佐敷教会」の牧師でした。

南城市?

南城市といえば、私がYouTubeでよく説教を聞いている、このnoteでも何度か紹介した、砂川竜一牧師(55歳)の教会「つきしろ教会」も、たしか南城市だーーとすぐ思いました。


政治的スペクトルでいえば、金井牧師は左翼、砂川牧師は、まあ右翼です。

金井牧師は反基地活動家、砂川牧師は反左翼活動家。

金井牧師はたぶん反安倍・反トランプ・反高市・反統一教会でしょうが、砂川牧師は、その「反」がすべて「親」にひっくり返ります。

そして二人は、左右それぞれのメディアでよく登場する有名人です(でした)。


政治思想が正反対の二人が、同じキリスト教の牧師で、同じ南城市に教会を持っている。

私は沖縄に行ったことがなく、土地勘がないが、南城市は、そんな広い市でもないでしょう。


日本基督教団・佐敷教会
沖縄県南城市佐敷字仲伊保470-2

つきしろキリスト教会
沖縄県南城市字つきしろ1739-7


Googleマップに、つきしろ教会から佐敷教会への経路を聞くと、以下のとおりでした。徒歩約1時間、直線距離では3キロほどの近さだった。まあ、関東の感覚でいえば、鉄道の駅1駅分くらいの距離。



ちなみに、南城市の佐敷教会から、辺野古までは77キロと出た。車で1時間半だ。(けっこう遠いね)


つきしろ教会の砂川牧師は、米軍兵士と日本女性の間に生まれたハーフで、沖縄出身だから、沖縄の教会にいるのはわかる。

金井牧師は北海道出身、早稲田の政経卒で、石破茂もかよう東京千代田区の富士見町教会で長らく副牧師を務めていた。沖縄の教会の牧師になったのは、反基地運動をやるためかもしれない。


この二人、南城市内で、顔を合わせることはなかったのだろうか、とつい想像してしまう。

信者を取り合うことはなかったのか、とか。


16日の事件(「事故」とは言いたくない)のあと、私は、つきしろ教会の砂川牧師が何を言うのか、楽しみーーというと不謹慎だが、注目していました。

案の定、17日のYouTube動画で、激しい言葉で金井牧師を非難していました。


沖縄で反基地活動、そしてこの国連工作のフロントランナーとして活動を行っていた日本佐敷教会の金井創は、船を転覆させ、子供たちを危険にさらして、子供の命を奪って、彼は死んでいきました。

金井創はキリスト教会の牧師です。彼は本当に天国に行くんでしょうか。

彼は一体、どういうつもりで聖書のメッセージを語っていたんでしょうか。

私は、彼の魂が死後、天国に行くのだろうか、それとも地獄に行くのだろうか、とても恐ろしくなります。

(動画5:55あたり)

ヨハネ黙示録 9章15節 【 定まった時がある 】(つきしろ教会5.0 2026/3/17)


金井牧師の魂は、天国に行けるのか?

これこそ、事件以来、多くの人の心に浮かんだ疑問ではないでしょうか。

なかなかそれを、テレビや識者は言ってくれない。


左翼活動家は、メディアなどでは、政治的なことを言うだけです。それはしょせん世俗的な、機会主義的な言葉です。

そして唯物論者の左翼なら、神も、魂も、天国も信じていないでしょう。


しかし、金井氏は、活動家である前にキリスト者でした。

信仰者は、魂の次元で、偽りのない真実を語らなければならないはず。

そして、魂が天国に行くかどうかは、キリスト教の最も核心的な問題なはずです。


金井牧師の魂は、天国に行けるのか?

彼一人が死んだのなら「殉教」だろうが、子供の死や負傷を正当化できるのか。

金井牧師は天国に行く、と、亡くなった女子高生の遺族や、遺影の前で言えるのか。

もし天国に行けないなら、金井氏の信仰や、教会活動、ひいてはキリスト教とは、何だったのか。


そういう「恐ろしい」問いに、牧師たちは、信者の前で、次の日曜礼拝で、答えるべきではないでしょうか。

その問いから逃げられないと思うんですね。


私は、クリスチャンではありませんが、それなりにキリスト教に関心を持って生きてきたので、私もその答えを知りたい。

その神学的結論は、この事件の政治的帰結よりも、私には関心があります。


本当は「クリスチャンはなぜ左翼にも右翼にもなれるのか」というテーマで書くつもりだったのですが、ひとまずここで区切ります。


<参考>


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