広告経済の次 #26: 消えたハードル
以前の記事で、現代のデジタル社会が抱える問題の本質は、プラットフォーマーが「ユーザーを自社のプラットフォームに可能な限り長く滞在させ、依存させる」という構造的な力学にある、というお話をしました。
もう一つ、大きな要因があったことを思い出しました。
それは、デジタル環境でいろいろな「コスト」が劇的に下がったことです。
スパムメール
例えばメール (電子メールの方です)。
世の中に浸透すると、徐々にスパムメール (迷惑メール) も増えてきました。
郵送 (物理的なメール) しかない時代にも、企業からの広告 (ダイレクトメール) はありました。
多くて不愉快に感じたこともありましたが、それでも毎日何十通もは届きません。
スパムメールは、多い人は毎日百通以上受け取っていました。
このままではメールが機能しなくなると、まじめに心配したものです。
なぜこんなことが起きるのか?
それは儲かるからです。
スパムメールに載っている商品なんていったい誰が買うのか? と不思議に思われると思いますが、ごくわずかの人が買うだけで、事業者は儲かるのです。
2006年2月にシマンテックが行ったワークショップでの発表によると、スパムの返信率が0.001%(10万通に1通)を超えると採算が取れるという。
つまり、10万通送って1人が反応すれば儲かる、という計算です。
紙の郵便でこれをやろうとしたら、大変です。
最も安い定型ハガキでも、数百万円かかります。
でも電子メールなら、送信コストはほぼゼロ。
さらに宛先ごとのカスタマイズも自由自在です。
デジタルで下がった「3つのコスト」
デジタル化で郵便代が削減できただけではありません。
大きく3つのコストが劇的に下がりました。
生成/複製コスト: 従来は紙にも印刷にもコストがかかりましたが、デジタルコンテンツは、コストをかけずに生成でき、複製できます。
配信コスト: 物理的なモノと異なり、情報を届けるコストがほぼゼロになりました。
実験コスト: A/Bテストと呼ばれる手法 (複数パターンを同時に試して、反応の良いものだけ残す) が簡単にできるようになりました。この手法自体は昔からあるものですが、今や、テストの計画・実施・分析・改善のサイクルを全て自動で実行できるのです。
低コストの影響
コストが下がった影響は、単にスパム業者の採算性が良くなっただけではありません。
紙の時代の不特定多数へのダイレクトメールは、それなりに大きなコストがかかるので、滅多やたらに試してみることはできない。
それなりに大きな売り上げを見込める、それなりの会社にしか実行できない。
そのことがある意味、広告の「品」を保証するハードルのように機能していたと思われます。
今は、コスト0でメールが出せる。
しかも個人にカスタマイズして。
ほんのわずかな反応でも、その反応をもとに文面を改善できる。
それもすべて自動で。
その結果、単に煩わしい広告メールにとどまらず、詐欺メールという犯罪が横行するようになってしまいました。
人間の認知モデルの限界
生身の人間が自分一人で、大量の情報の真偽を正しく判断することなんて不可能です。
昔は何事にもコストがかかった。
街の全ての道に料金所があるようなものです。
それは私たちにとっても不便でしたが、犯罪者にとっても不便でした。
犯罪が割に合わないほどに。
そのお陰で私たちは安全だった。
料金所のない世界は確かに素晴らしいですが、私たちの認知モデルがそれに追い付いていけない。
そういうことが起きているように思います。
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