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広告経済の次 #23: 問題は「広告」なのか?

これまで、「広告経済の次」というお題で、
現代の情報インフラが抱えている問題について考えてきましたが、
果たして問題の本質は「広告」なのだろうか、
と疑問を感じ始めました。

というわけで、あらためて、この問題の本質を整理してみたいと思います。


1. 広告モデル vs. サブスク

私たち個人に対する情報サービスの多くは、広告モデルによって成り立っています。
検索エンジンやSNSを無料で利用できる代わりに、私たちは自らの「アテンション (注意)」を対価として支払い、そのアテンションは広告主に販売されます。
その結果、ユーザーは「顧客」ではなく、「原材料」に成り下がってしまった。
これは、以前「タダより怖いモノはない」で指摘した構造です。

この問題に対する最も分かりやすい解決策が、「サブスク」(サブスクリプション、購読) モデルです。
ユーザーがサービスの対価として直接お金を支払う。
これにより、ユーザーは「原材料」から「顧客」へとその立場を取り戻せるように思えます。

しかし実は、この「サブスク」にも同じ問題点が潜んでいるのでした。

2. 「良い広告モデル」と「悪い広告モデル」

「サブスク」の前に「広告モデル」の話。

広告モデルには「良い」モデルと「悪い」モデルがあると考えています。

新聞、雑誌、ラジオ、テレビ、そして、地域のフリーペーパーなど、さまざまなメディアを支えているのが「良い広告モデル」です。
そこには、「読みたい人 (読者・視聴者)」、「書きたい人 (メディア)」、そして「宣伝したい人 (広告主)」という三者の、健全な関係があります。

  • メディアは良質なコンテンツで読者を集める。

  • 広告主はその読者層に届けるためにお金を払う。

  • 読者は広告費のおかげで、コンテンツを無料または安価に楽しむことができる。

その一方で問題なのは、現代のデジタルプラットフォームにおける、「密室・個別広告モデル」です。
ユーザーの行動データを元に、一人ひとりを「個別」に狙い撃ちして広告を配信します。
世間から隠れて「密室」で行われるため、社会的抑制も効かず、詐欺まがいの広告も横行するがままです。

プラットフォーマーにとって、ユーザーはもはや顧客ではなく、目指すのはユーザーのアテンションを独占すること。
つまり、ユーザーの満足度は二の次です。

3. 「良いサブスク」と「悪いサブスク」

広告モデルと同様、サブスクにも「良い」と「悪い」があります。

新聞や雑誌の定期購読のように、単に継続的な購入者に割引を適用するだけの、ユーザーの選択肢を奪わないのが「良いサブスク」です。

一方で問題なのが、一部の動画配信サイトのように、加入者にしかコンテンツを見せない、つまり、ユーザーに他の選択肢を与えない囲い込み型サブスク」のモデルです。

4. 「悪い広告モデル」と「悪いサブスク」の共通点

密室・個別広告モデル」と「囲い込み型サブスク」。
一見すると、無料と有料という大きな違いがありますが、そのビジネスには、共通の力学が働きます。
それは、「ユーザーを自社のプラットフォームに可能な限り長く滞在させ、依存させる」という力学です。

例えば、動画配信サービス。
広告モデルのTikTokやYouTube も、
サブスクのNetflixやアマプラも、
いつからか、次のエピソードや動画を自動で再生するようになりました。
これは、ユーザーに選択の隙を与えず、サービスの利用を継続させるための、意図的な設計です。

ユーザーの真の満足度よりも、自社経済圏への「滞在」と「依存」を優先する。
この一点において、両者は本質的に同じ問題を抱えていると言えます。

5. この問題を何と呼ぶべきか?

では、この「滞在と依存を促す」構造と、そこから引き起こされる問題の数々を、私たちは何と呼べばよいのでしょうか?

この問題を鋭くえぐり出した言葉に、ショシャナ・ズボフが提唱した「監視資本主義」があります。
これは、プラットフォームが私たちの行動データを収集・分析し、未来の行動を予測・操作することで利益を上げる経済を指します。
その意味することの怖さを捉えている上手い表現だと思います。
ただ、「監視」という言葉は、国家や体制による弾圧を想起させ、誤解される可能性があるのが悩ましい点です。

アテンション・エコノミー」という言葉も、問題のメカニズムを的確に捉えています。
私たちの「注目・関心(アテンション)」が希少な資源となり、それを奪い合うことで経済が成立するという視点は、プラットフォームの動機を見事に説明しています。
しかし、この言葉はあくまで経済の「メカニズム」を説明するものであり、その結果として生まれる支配構造や、プラットフォーマーの倫理的な問題には深く踏み込んでいない表現に聞こえるのが気になります。

また、ヤニス・バルファキスが提唱する「テクノ封建制」も、強烈な比喩です。
プラットフォームがデジタル空間という「領地」を支配し、私たちユーザーからデータや手数料という「地代」を徴収する。
この言葉は、資本主義が新しい支配構造へと変質したことを鮮やかに示しています。
しかし、これも表現自体に倫理的な価値判断を含んだ強い比喩であるがゆえに、その前提に同意しない相手との建設的な対話が難しくなる恐れがあると思いました。

6. 持ちたい視点

現時点では、ピッタリな呼び方は見つかってません。

何と呼ぶにせよ、この問題は重要な問題だと考えています。
例えば「地球温暖化」に匹敵するくらい。

この問題にも、「地球温暖化」と同じように、世界の多くの人々が受け入れ、それを土台に議論できるような、よい名前をつけられるといいな、と思っています。

もし皆さんも何かアイディアがありましたら、コメントお願いします!



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