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広告経済の次 #22: 『つながっているのに孤独』

広告経済の次を描くのにヒントになりそうな本
今日は『つながっているのに孤独』(シェリー・タークル) という本を紹介します。


期待していたものとは、ちょっと違いました。

まず古い。
和訳は2018年ですが、
原著は2011年に出版されてました。
なので、「現在の情報インフラが広告経済に依存している」という
私の問題意識とは、だいぶ遠い話でした。

でも読んで面白かったです。

テクノロジーが人間に及ぼす影響について、
一人の科学者が、文化人類学者的な立ち位置で
観察したことや考えたことを記録し、
あまり整理せず、ありのままに共有している、
という感じで受け止めました。


大きく二つのパートに分かれていて、
前半が「ロボット化の時代」、
後半が「ネットワークの時代」。


前半は「たまごっち」から 「AIBO」あたりまでの
「人工的な生物」を、
人間がどのように捉えるのかという話です。
今だったら「生成AI」を抜きには語れない話題ですね。

筆者は、人々がそれらを「生き物」として扱うことに、
驚いています。
私は、それは当たり前だと思っていたので、
逆にそこが新鮮でした。

例えば、
「子どもたちにとって「生きている」とは何か?」
という節があって、
子どもの年齢によって違うということが紹介されてます。

幼い子は「動いている」=「生きている」。
なので、石が坂を転がり落ちると「石が下に行きたいから」と捉える。

幼いアニミズムはすぐに物理学に取って代わられる。
世の中を物理と心理とに分けて考える。
「外からの力」を認識して、「生きている」ことと区別する。

コンピューターはそこに、新しい問いを生む。
そして、画面から出てこられるものを、
「生きている」証拠と考えたりする。

そこに「ロボット」が出てきて、また境目が修正される。

そういったエビソードが丁寧にたくさん記録されています。


後半は携帯端末 (ブラックベリー) や
メール、テキスト、Facebook などのアプリが、
人と人のコミュニケーションや関係性や
個人の自立心に与える影響、
最後にプライバシーの問題について語っています。

今となっては当たり前のことばかりですが、
普及しつつあった当時の人々の受け止め方が
記録されている点で、興味深いです。

例えば
「変わる親離れと自立の意味」
の節では、
子どもの自立には
「頼れるのは自分だけという状況を経験すること」
が大事だが、
携帯電話が普及したために、
現代の子どもたちはその経験が得られない、
ということが書かれています。

なるほど、そういう違いはあったかもしれない・・・

一方で、今は子どもの時から
SNSの「つながっているのに孤独」を感じているわけですから、
そういう意味では今の方が、
早く自立させられているのかもしれないなあ、
とも思いました。


全体通して、筆者の主張が、
説得力をもって展開されているわけではないです。
(私にはわかりませんでした。)

考える材料がたくさんある。
自分で考えないといけない。

そういう意味でも、面白い本だと思いました。


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