選択が物語になるとき_ボードゲームにおけるナラティブの設計
はじめまして、もしくは再度いらしてくださりありがとうございます。
カクマルゲームズのカクとマルと申します。
普段は二人でボードゲームを作っていますが、今回は以前の記事で紹介した「UX階層モデル」におけるナラティブについて、より詳しく僕らなりの整理をお話できたらと思います。
前回の記事はこちらとなっておりますので、タイトルを見てご興味がありましたら是非ご覧いただければ幸いです。
1.なぜ、同じ処理が「作業」にも「出来事」にもなるのか?
なぜ、同じようにカードを出し、駒を動かし、資源を支払っているのに、あるゲームでは淡々と処理しているように感じ、別のゲームでは「自分がその場で決断した」と感じるのでしょうか。
どちらのゲームにもルールがあります。プレイヤーは手番を進め、選択肢の中から行動を選び、その結果を解決し、勝利条件へ向かいます。それでも、そこで得られる体験は同じではありません。
この感じ方の違いを生むのは、行為にどのような意味が宿っているかです。
カードを捨てることが、単なる手札整理として扱われる場合があります。一方で、それが将来の可能性を諦める決断として感じられる場合もあります。
資源を支払うことが、数値を減らすだけの操作になる場合があります。しかし、その支払いが「今の利益を得るために、後の余裕を失う行為」として受け取られれば、同じ操作にも重みが生まれます。
勝利条件を満たすことも同様です。一定の点数へ到達したからゲームが終わるのか。それとも、その世界で目指していた目的を達成した結果として勝利するのか。ルール上の処理が同じでも、プレイヤーの受け取り方は変わります。
この違いを支えるのが、ナラティブです。
ナラティブという言葉から、物語の文章や詳細な世界設定を思い浮かべるかもしれません。しかし、ボードゲームにおけるナラティブは、単に物語を付け加えることではありません。長い設定を読ませることでも、感情的な演出を増やすことでもありません。
ナラティブが支えているのは、もっと根本的な部分です。
それは、プレイヤーが自分の行為に意味を見いだし、その結果を自分の体験として受け取れるかどうかです。

ナラティブとは、プレイヤーの選択を、自分の物語として受け取れるようにする構造です。
この考え方を持つと、ナラティブはゲームを飾る付属物ではなく、ルールとプレイヤー体験を結びつける設計要素として見えてきます。
2.ナラティブとは何か
以前の記事では、UXに至るための要素を次の六つの層(UX階層モデル)として整理しました。

UX階層モデルの詳細はこちらの記事をご覧ください。
UX階層モデルにおいて、ナラティブはUXの下位として位置づけています。
そして、プレイヤーに届けたい体験を設計する上で、ナラティブは重要な役割を果たします。
ボードゲームにおけるナラティブとは、ゲーム内の行為や出来事に対して、プレイヤーが当事者として意味を見いだせるようにする構造です。
もう少し短く表現するなら、ナラティブとは「物語に対する当事者性」です。
ゲームには、さまざまな処理があります。カードを引く、駒を置く、資源を使う、手番を終える、得点を加える。これらはゲームを成立させるために必要ですが、それだけでは単なる操作や計算として受け取られることがあります。
ナラティブは、その操作に「なぜそれをするのか」「何を選んだことになるのか」という意味を与えます。
たとえば、プレイヤーが一枚のカードを使う場面を考えてみましょう。
ルールだけを見れば、カードを使用して効果を適用する処理です。しかし、そのカードが一度使うと戻ってこないものであり、後の局面でも役立つ可能性があるなら、そこには判断が生まれます。
今すぐ利益を得るのか。
後の危機に備えて残すのか。
自分のために使うのか。
他のプレイヤーの行動を止めるために使うのか。
このとき、プレイヤーが行っているのは、カードの効果を選ぶことだけではありません。未来の可能性をどのように扱うかを決めています。
その選択には、プレイヤーの考え方が表れます。そして結果が生じたとき、「自分がそう決めたから、こうなった」という感覚が残ります。
これが当事者性です。
ナラティブは、あらかじめ完成した物語を受け取らせるだけの仕組みではありません。ゲーム内の出来事を、自分の判断と結びつけて受け取れるようにするものです。
したがって、ナラティブは「読む物語」だけを指すのではありません。
ナラティブの本質は、用意された文章ではなく、プレイヤーの行為と意味の結びつきにあります。
3.ストーリーとナラティブは何が違うのか
ナラティブは、ストーリーと混同されやすい概念です。両者は密接に関係していますが、同じものではありません。
ストーリーは、ゲームの世界で何が起きているかを示します。舞台、人物、目的、事件、危機、達成すべき課題などが含まれます。
一方、ナラティブは、その出来事をプレイヤーがどのように受け取り、自分の行為として意味づけるかに関わります。
ストーリーは「何が起きているか」です。
ナラティブは「その出来事に、プレイヤーがどう関わるか」です。
たとえば、ある場所へ到達することが目的のゲームを考えてみます。目的地の存在や、そこを目指す理由はストーリーです。
しかし、そこへ至るまでにどの道を選び、何を諦め、どの危険を引き受けたのかは、プレイヤーごとに異なります。
最短経路を選んだプレイヤーにとっては、効率を追求した過程になります。危険を避けて進んだプレイヤーにとっては、慎重な判断の積み重ねになります。大きな利益を求めて遠回りしたプレイヤーにとっては、賭けに出た経験になります。
外側から見れば、全員が同じ目的地へ進んでいるだけです。しかし、プレイヤーの内側では、それぞれ異なる意味が生まれています。
この違いがナラティブです。
ストーリーが豊富であっても、プレイヤーの行為が結果へ影響しなければ、当事者性は弱くなります。逆に、背景設定が簡素であっても、選択に明確な意味と結果があれば、強いナラティブが生まれることがあります。
ここで、テーマや雰囲気との違いも押さえておく必要があります。
テーマは、ゲームが何を題材としているかを示します。雰囲気は、アートや文章、素材、言葉遣いなどを通じて、世界の印象を伝えます。これらはナラティブの入口として有効です。
しかし、魅力的なテーマや雰囲気があるだけでは、ナラティブが成立するとは限りません。プレイヤーが実際に行う選択と結びついていなければ、それらは背景や装飾にとどまります。
重要なのは、物語の量ではありません。
重要なのは、行為と意味の関係です。
4.ナラティブは感情ではなく、感情を生む構造
ナラティブがうまく機能すると、プレイヤーはゲーム中の出来事に強い感情を抱きます。
「あの選択は忘れられない」
「あそこで欲を出したのが失敗だった」
「負けたけれど、納得できる展開だった」
「最後まで結果がわからず緊張した」
こうした感想には、ナラティブが深く関わっています。
ただし、ナラティブそのものが感情なのではありません。
感情は、ナラティブが機能した結果として生まれます。
まず、ゲーム内の行為に意味があります。意味があるから、プレイヤーは選択を自分の判断として受け取ります。自分の判断だと感じるから、結果を気にかけます。結果を気にかけるから、成功や失敗によって感情が動きます。そして、感情が動いた出来事は記憶に残ります。
この流れは、次のように整理できます。
行為に意味がある。
意味があるから判断が生まれる。
判断があるから当事者性が生まれる。
当事者性があるから結果が気になる。
結果が気になるから感情が動く。
感情が動くから体験が記憶に残る。
ナラティブは、この流れの土台です。
ここを取り違えると、設計は不安定になります。
感情を生み出そうとして、設定文を増やしすぎる。世界観を濃くするために、専門用語を大量に加える。重要な場面を作ろうとして、演出だけを派手にする。
しかし、説明が多ければナラティブが強くなるわけではありません。雰囲気が濃ければ、当事者性が高まるわけでもありません。
プレイヤーが選べない出来事をどれほど劇的に説明しても、それは見せられた物語にはなっても、自分の物語にはなりにくいからです。
よいナラティブは、感情を命令しません。プレイヤーが結果を気にかける理由を作ります。
5.ナラティブはどのような構造で生まれるのか
ナラティブは、世界設定だけで独立して存在するものではありません。行為、結果、意味、代償、判断が連続することで生まれます。
最初に、プレイヤーの行為があります。
カードを出す。資源を使う。駒を移動させる。他者と交渉する。安全な場所にとどまる。大きな利益を求めて危険を引き受ける。
次に、その行為によって結果が生まれます。
利益を得る。資源を失う。盤面の状況が変わる。他のプレイヤーの計画に影響する。将来の選択肢が増える、あるいは減る。
しかし、結果が生じるだけでは、まだナラティブは十分ではありません。必要なのは、その結果が何を意味するかです。
今の利益を得た代わりに、後の可能性を失った。
危険を避けた代わりに、好機を逃した。
自分の計画を進めた代わりに、他のプレイヤーを有利にした。
大きなリスクを取ったため、成功したときの利益も大きくなった。
結果に利益と代償があり、それらの違いを理解できると、プレイヤーは選択を比較できるようになります。比較できるからこそ、判断が生まれます。
そして、その判断の結果を引き受けたとき、体験はプレイヤー自身のものになります。
つまり、ナラティブは次のつながりによって成立します。
行為がある。
行為によって結果が変わる。
結果には意味や代償がある。
意味や代償を比較することで判断が生まれる。
判断の結果を引き受けることで当事者性が生まれる。
この連鎖のどこかが切れていると、ナラティブは弱くなります。
行為を選べても、結果がほとんど変わらなければ、判断は形だけになります。結果が変わっても、その違いが理解できなければ、プレイヤーは自分が何を選んだのかわかりません。意味が説明されていても、ルール上の利益や代償と対応していなければ、物語とプレイは分離します。
ナラティブを設計するとは、物語を書くことではなく、行為から意味へ至るつながりを設計することです。
6.ナラティブがボードゲームにもたらすもの
ナラティブは、単にゲームを物語らしく見せるためにあるのではありません。プレイヤーの理解、判断、記憶を支える複数の役割を持っています。
行為への納得を生む
ゲームには、日常生活では行わない抽象的な処理が多くあります。
特定の条件でカードを捨てる。資源を別の資源へ変換する。決められた場所へトークンを移す。ラウンドの終わりに数値を調整する。
ルール上必要な処理であっても、その意味が見えなければ、プレイヤーは作業として受け取りやすくなります。
しかし、処理が何を表しているのかが理解できると、受け取り方は変わります。
単なる支払いではなく、代償を引き受けている。
単なる移動ではなく、活動範囲を広げている。
単なる破棄ではなく、可能性を手放している。
単なる得点ではなく、目的の達成に近づいている。
行為と意味が結びつくことで、「なぜこの処理をするのか」という納得が生まれます。
ルールを理解しやすくする
ルールは、本質的に抽象的なものです。数値、条件、制限、順序、例外を組み合わせて、ゲーム内の出来事を表現しています。
そこで役立つのが、見立てです。
見立てとは、抽象的な仕組みを、すでに知っている行為や構造として理解することです。
たとえば、ある数値が単なる上限として示されるよりも、それが収容できる量や扱える範囲を表していると理解できれば、制限を覚えやすくなります。
ある一連の処理も、個別の手順として暗記するより、準備し、実行し、結果を受け取る一つの行為として理解できる方が自然です。
ナラティブは、抽象的なルールを、理解可能な意味へ翻訳します。
ただし、見立てはルールを曖昧にするためのものではありません。意味を手がかりに、ルールの構造を理解しやすくするものです。
選択に重みを与える
ゲームに選択肢があるだけでは、意味のある判断が生まれるとは限りません。
どの選択肢を選んでも結果がほぼ同じなら、選択は形式的です。常に一つの選択肢だけが明らかに有利なら、プレイヤーは考える必要がありません。
選択に重みが生まれるのは、それぞれに異なる利益と代償があるときです。
今すぐ利益を得るか、後のために資源を残すか。
安全を確保するか、大きな成果を狙うか。
自分の計画を進めるか、他のプレイヤーを止めるか。
ナラティブが働くと、これらは数値の比較だけではなくなります。
プレイヤーは「何点得られるか」だけでなく、「何を優先するか」を選ぶようになります。そこに、自分の判断として受け取れる余地が生まれます。
プレイ後に語られる出来事を生む
ナラティブが弱いゲームでは、プレイ後の会話が結果だけで終わることがあります。
誰が勝ったのか。何点差だったのか。どの戦略が強かったのか。
もちろん、それらもゲームの重要な側面です。しかし、ナラティブが機能していると、プレイヤーは過程も語り始めます。
どの場面で迷ったのか。
なぜその行動を選んだのか。
どの瞬間に状況が変わったのか。
なぜその敗北に納得できたのか。
なぜその成功が印象に残ったのか。
プレイヤーがルールではなく出来事を語り始めたとき、ゲームは処理の集合から、共有された経験へ変わっています。

7.ナラティブは、完成したメカニクスの上へ薄く塗る装飾ではない
ゲーム制作では、メカニクスから設計を始めることがあります。
どのような選択を作るのか。どのような資源を扱うのか。どのようなジレンマを生むのか。どのように勝敗を決めるのか。
これは自然な進め方です。ゲームは、まずルールによって遊べる状態にならなければならないからです。
しかし、メカニクスが成立していることと、プレイヤーがその行為に納得できることは同じではありません。
そこで最後にテーマや設定を貼り付ければよい、と考えると問題が生まれます。
物語上は重要な行為なのに、ルール上はほとんど価値がない。反対に、物語上は避けるべき行為が、勝つためには最も合理的になっている。魅力的な世界設定があるのに、プレイヤーが行うことは、その設定と無関係な数値操作に見える。
このような状態では、ナラティブとメカニクスが別々に存在しています。
ナラティブは、完成したメカニクスの上へ薄く塗る装飾ではありません。
メカニクスが何を意味しているのかを問い直す視点でもあるのです。
このルールは何を表しているのでしょうか。
この制約は、どのような状況を表現しているのでしょうか。
このリスクは、何を失う危険なのでしょうか。
この報酬は、何を得たことを意味しているのでしょうか。
この勝利条件は、なぜ達成と呼べるのでしょうか。
これらの問いに答えようとすると、メカニクスそのものの問題も見えてきます。
意味を説明できない処理は、本当に必要なのでしょうか。ゲーム内で重要なはずの行為が、ルール上も重要になっているでしょうか。設定上の目的と、プレイヤーが実際に目指す最適な行動が矛盾していないでしょうか。
ナラティブを考えることは、メカニクスの意味を確かめることでもあります。
8.メカニクスとナラティブは往復する
ナラティブとメカニクスのどちらを先に作るべきか、という問いに、一つの正解はありません。
メカニクスから始める場合は、すでにある選択や制約が何を表しているのかを考えます。
ナラティブから始める場合は、表現したい状況や行為を、どのようなルールで体験させるかを考えます。
重要なのは、どちらから始めるかではなく、両者の間を何度も往復することです。
まず、メカニクスを作ります。
その行為が何を意味するかを考えます。
意味づけようとしたときに、ルール上の違和感を見つけます。
メカニクスを修正します。
修正されたメカニクスに、より自然な意味を与えます。
この往復によって、ルールと意味は少しずつ近づいていきます。
たとえば、プレイヤーが重要な資源を簡単に使い捨てられるルールがあるとします。ナラティブ上、その資源が非常に貴重なものなら、ためらいなく消費できることには違和感があります。
そこで、使うことで将来の選択肢が狭まるように変更するかもしれません。あるいは、使用できる条件を限定するかもしれません。そうすると、その資源を使う場面に判断と緊張が生まれます。
反対に、ある行為を世界観上は重要な儀式として扱いたいのに、実際の処理が頻繁で単調なら、毎回の演出はプレイを遅くします。この場合は、ナラティブを守るために演出を増やすのではなく、ルール上も特別な場面へ限定する方がよいかもしれません。
ナラティブのためにメカニクスを無理に歪めてもいけません。メカニクスの都合だけで、行為の意味を無視してもいけません。
メカニクスは、判断を生みます。
ナラティブは、その判断に意味を与えます。
両者が支え合うとき、プレイヤーはルールを処理しているだけではなく、状況の中で決断していると感じられます。
9.ナラティブは「決める」だけでなく「集める」もの
ナラティブを作ろうとすると、最初に大きなテーマを決めたくなることがあります。
どのような世界にするのか。どのようなモチーフを使うのか。どのような雰囲気を持たせるのか。
これらを最初に定める方法は有効です。しかし、特にメカニクスから開発を始めた場合、最初に選んだテーマがゲームの構造と合うとは限りません。
表面的には魅力的でも、プレイヤーが実際に行っていることと対応していなければ、ナラティブは空回りします。
そこで必要になるのが、ナラティブを「集める」という考え方です。
まず、ゲーム内にすでに存在する行為を観察します。
プレイヤーは何を繰り返しているでしょうか。
どこで迷っているでしょうか。
何を温存し、何を手放しているでしょうか。
どの制約が判断を面白くしているでしょうか。
どの瞬間に、卓上の空気が変わるでしょうか。
その構造を捉えたうえで、似た関係を外部から探します。
自然現象、社会的な関係、日常の習慣、身体的な感覚、儀式、交渉、競争、協力など、さまざまなものが手がかりになります。
大切なのは、見た目が似ている題材を選ぶことではありません。ゲーム内の仕組みと、外部にある構造の類似を見つけることです。
資源が時間とともに失われるなら、蓄積よりも劣化や期限を持つものが適しているかもしれません。プレイヤー同士が互いの行動を予測しながら進めるなら、単純な競争より、交渉や牽制を含む関係が合うかもしれません。
構造上の類似が見つかると、ナラティブは自然になります。
ルールの制約が、世界の中でも納得できる制約になります。プレイヤーが行う判断と、ゲーム内での意味が重なります。説明を増やさなくても、「これはこういう行為なのだ」と受け取れるようになります。
ナラティブは、最初に一方的に決定するだけのものではありません。ゲームの中にすでにある行為や関係を観察し、そこから意味の手がかりを集めることで立ち上がるものでもあります。
10.ナラティブがうまく機能する条件
ナラティブが体験へつながるためには、いくつかの条件があります。
行為と意味が対応していること
プレイヤーが実際に行うことと、それが表している意味が一致している必要があります。
重大な決断を表現しているのに、何の代償もなく何度でも実行できるなら、行為の重さは伝わりません。日常的な処理なのに、毎回大げさな演出を求められれば、意味より作業感が強くなります。
行為の頻度、難しさ、利益、代償が、ナラティブ上の重要性と対応していることが大切です。
ゲーム上の目的と、ナラティブ上の目的が一致していること
勝つために行うべきことと、ゲーム内で達成すべきとされていることが大きく食い違うと、プレイヤーは物語を信用しなくなります。
もちろん、物語上の理想と現実的な利益が対立すること自体を、ゲームの葛藤として扱うことはできます。しかし、その対立が意図された判断ではなく、設計上のずれとして起きているなら問題です。
勝利条件は、単にゲームを終わらせる数値ではありません。その世界で何を成し遂げたことになるのかを示すものでもあります。
説明ではなく、体験から伝わること
ナラティブは、文章だけで伝えるものではありません。
ルール、選択肢、制約、手順、コンポーネント、勝利条件など、ゲーム全体を通じて伝えられます。
理想的なのは、説明を読んだから意味がわかる状態ではなく、遊んでいるうちに意味が実感できる状態です。
資源を失うから、大切さがわかる。
選択肢が閉じるから、決断の重さがわかる。
他者の反応が変わるから、自分の行為の影響がわかる。
ナラティブは、説明されるだけでなく、ルールによって経験される必要があります。
プレイヤーの判断が残されていること
すべての出来事があらかじめ決まり、プレイヤーが指定された処理をなぞるだけなら、当事者性は弱くなります。
ナラティブが働くには、「自分が選んだ」と感じられる余地が必要です。
選択肢が多ければよいわけではありません。必要なのは、結果の違いを理解したうえで、自分なりの理由を持って選べることです。
よいナラティブは、答えを押しつけるのではなく、判断を促します。
11.ナラティブ設計で失敗しやすい点
ナラティブを強くしようとした結果、かえってプレイヤー体験を損なうことがあります。
代表的なのが、説明を増やしすぎることです。
設定や歴史、人物関係を詳しく書けば、世界は豊かになります。しかし、それらを理解しなければゲーム内の行為の意味がわからない状態になると、プレイヤーは遊ぶ前に大きな負担を抱えます。
説明が多ければ、体験が深くなるわけではありません。重要なのは、プレイヤーが行うことと、その意味の結びつきです。
二つ目は、雰囲気だけで成立させようとすることです。
魅力的なアートや言葉遣いは、プレイヤーの好奇心を引き出します。しかし、ゲーム中の選択や結果と結びついていなければ、その魅力はプレイの外側にとどまります。
雰囲気は入口になりますが、判断の重みそのものにはなりません。
三つ目は、メカニクスとナラティブが矛盾することです。
物語上は大切にすべき対象を、ゲーム上は使い捨てる方が有利になる。協力が重要だと説明されているのに、他者を助ける行為にはほとんど利益がない。危険な行為とされているのに、実際には失敗してもほとんど損をしない。
このような矛盾が続くと、プレイヤーはナラティブではなく、数値だけを見るようになります。
四つ目は、プレイヤーの感情を決めすぎることです。
この場面では悲しむべきだ、この人物を大切に感じるべきだ、この選択を重大だと受け取るべきだと、文章や演出だけで求めても、プレイヤーがそこへ関与していなければ感情は生まれません。
感情は指定するものではなく、関係と判断の結果として生まれるものです。
五つ目は、最初に決めたテーマへ固執しすぎることです。
テーマとメカニクスが合っていないとき、テーマを守るために説明を増やしたり、ルールを不自然に変更したりすると、ゲーム全体の整合性が崩れます。
ナラティブでは、最初のアイデアを守ることより、ゲームの構造と正しく結びつくことの方が重要です。

12.ナラティブを評価するための問い
ナラティブが機能しているかを確かめるとき、「物語が面白いか」と尋ねるだけでは十分ではありません。
見るべきなのは、プレイヤーの行為と意味がどのようにつながっているかです。
このゲームで、プレイヤーはなぜその行為をするのでしょうか。
その行為は、ゲーム内で何を表しているのでしょうか。
行動の結果には、理解できる利益と代償があるでしょうか。
重要な行為は、メカニクス上も重要になっているでしょうか。
ゲーム上の目的と、ナラティブ上の目的は一致しているでしょうか。
プレイヤーは、自分の選択に理由を持てるでしょうか。
説明を読まなくても、遊びながら意味を感じられるでしょうか。
プレイ後に、勝敗だけでなく過程を語りたくなるでしょうか。
特に重要なのは、次の二つです。
「なぜ、その行為をするのでしょうか」
「なぜ、その状態を勝利と呼べるのでしょうか」
前者は、一つひとつの処理に対する納得を確かめる問いです。後者は、ゲーム全体の目的に対する納得を確かめる問いです。
この二つが明確であれば、プレイヤーは自分が何をしているのかを理解しやすくなります。反対に、この二つが曖昧であれば、どれほどルールが整っていても、プレイは処理の連続として受け取られやすくなります。
また、テストプレイ後の会話にも注目する必要があります。
プレイヤーが「このカードは強い」「この方法が効率的だった」とだけ語っているのか。それとも、「あそこで温存したのが失敗だった」「危険だとわかっていたが、あの選択をした」と、自分の判断を出来事として語っているのか。
後者の語りが生まれているなら、ナラティブはプレイヤーの選択と結びついています。
13.まとめ
ナラティブとは、単なる物語設定ではありません。背景説明の量でも、雰囲気の濃さでも、感情的な演出の強さでもありません。
ナラティブとは、ゲーム内の行為や出来事に対して、プレイヤーが当事者として意味を見いだせるようにする構造です。
ストーリーは、世界で何が起きているかを示します。ナラティブは、その出来事にプレイヤーがどう関わり、自分の判断としてどう受け取るかに関わります。
行為が結果を生みます。
結果には利益と代償があります。
利益と代償があるから判断が生まれます。
判断の結果を引き受けることで、当事者性が生まれます。
当事者性があるから、感情が動き、体験が記憶に残ります。
ボードゲームにおいて、ナラティブは行為への納得を生み、抽象的なルールの理解を助け、選択に重みを与えます。そして、ゲームを単なる処理の完了ではなく、後から語りたくなる経験へ変えます。
そのためには、ナラティブを後付けの装飾として扱ってはいけません。
メカニクスを作り、その意味を考え、違和感を見つけ、再びメカニクスを整える。あるいは、表現したい状況から行為を考え、それを判断として成立させるルールを作る。
ナラティブとメカニクスは、何度も往復します。その往復によって、ゲーム内の処理とプレイヤーが受け取る意味が近づいていきます。
最後に、中心となる言葉へ戻りましょう。
ナラティブとは、プレイヤーの選択を、自分の物語として受け取れるようにする構造です。
カードを出すことも、資源を支払うことも、何かを諦めることも、それ自体はただの処理です。
しかし、その行為に結果があり、結果に意味と代償があり、プレイヤーが自分の理由で選べるなら、処理は出来事へ変わります。
よいナラティブは、完成した物語を一方的に与えるものではありません。
プレイヤーが自分の判断によって出来事を生み、その結果を自分の物語として受け取れる余地を作るものです。
その余地こそが、ボードゲームの体験を深くするのです。
さいごに
ここまで「ボードゲームにおけるナラティブの設計」に関しての、長い記事をお読みいただきありがとうございました。
ボードゲームにおける行為の納得感や没入感をどのよう作り出すかについて、私たちが議論してきた内容を整理し、きっと皆さんの役に立つだろうと思いなんとか形にすることができました。
読みにくい部分、疑問点もあるでしょうが、ご感想と一緒に指摘や質問を頂ければ幸いです。
最後になりますが、僕らの記事が皆様の作るボードゲームをほんの少しでも面白くする助けになれることを切に願います。
また、これを読んでボードゲームを作ろう!と思ってくれたならそれもまた望外の喜びです。
それでは、みなさんボードゲーム作りましょう!
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