俳句と短歌をつくろう~中学生の国語
俳句は五七五、短歌は五七五七七。それを読んで学ぶだけでなく、自分でもつくってみよう。自分でつくることを「詠む」という。
まず俳句だが、いろんな句があるが、ここでは正岡子規のいう「写生」の句をつくろう。自然を見て、「わっ、すごいな」と思ったことを五七五にする。自然の一場面を絵や写真にしたものを言葉で表現する。「すごいな」「いいな」と思わなければ句はできない。おっと、俳句のことを「句」という。俳句は季語が必要だというが、ここではそれは考えないでいい。
頭の中で自然を考えてもなかなか浮かばない。実際の自然を見てみよう。そうだ、窓の外を見てみよう。大きな木がある。あの木を言葉で表現してみよう。五七五しかないので、木のどこを表現するか、自分がここだと思った部分が感動したこととなる。緑の葉っぱの色なのか、葉が風に揺れていることなのか、木の大きさなのか。それを五七五で表現してみよう。それが俳句だ。
春になるといろんな花が咲くので見に行こう。小さな子どもが描く桜やチューリップはだめ。実際に観察すると、気づくことが多い。あれっ、ええっ、と思うことを絵にしたり写真にとる、つもりになる。小さな部分のアップか全体の姿か、それぞれだろう。それを五七五で表現すれば俳句になる。そうしてできた作品には桜やチューリップという季語がちゃんとある。自然は四季さまざまなので、自然を詠めば季語は自然と入ってくる。
さあ、俳句ができた。
次に、短歌をつくってみよう。
短歌は難しそうだから、詩をつくろう。詩ならできるね。タイトルは何でもいい。そうだなあ、好きな人へのラブレターや、好きな人のことを詩にしたらいい。
詩ができたら、それを五七五七七に直す。長い詩なら、どの言葉を残すか考えながら短くする。
五七五七七になったら、それが短歌。短歌には季語なんていらない。五七五七七の定型詩になっている詩が短歌だ。もうちょっといい表現はないかなあと推敲はしてみよう。
恋の歌をつくった人は、日本の短歌は、百人一首をみても、恋の歌が多くある。それと同じだ。スマホなんてない時代には、短歌を贈って贈られて恋がはじまったのだ。
恋したら、おおっああっ、と、感動がうたえる。
絵も写真も俳句も短歌も、すべて感動を表現したもの。俳句、短歌は感動を画像ではなく、言葉で伝えるものなのだ。
ラブレターを、もうちょっといい表現はないかなあと直すことが推敲になる。
書いておわりではなく、何度も読み返そう。
これを実践した(つもりの)愚作も見てもらえれば、
中学校の国語教科書に載っている有名な俳句、短歌についてはこちらを、
「中学生の国語」シリーズは、こちらの後半部分に、
