デザインは世界を良くするためにある──違和感から始まる本当の仕事
◀ 正しさという違和感──正しいほど、人が遠ざかるのはなぜか
違和感のデザイン 最終回
社会には、
正しい言葉が多すぎる。
課題。
ユーザー。
デザイン思考。
エビデンス。
効率。
正しさ。
どれも、社会ではよく使われる言葉だ。
どれも、間違っているわけではない。
だが私は、その言葉たちに何度も引っかかってきた。
課題を探し続ける社会。
人を役割として見る視点。
方法が目的のように語られる空気。
証明がないと、考えることすら止まってしまう場面。
構造より先に速さが求められる仕事。
正しさの名のもとに、人が押しつぶされていく感じ。
それらは別々の話のように見える。
しかし、私には、同じことを言っているように見える。
人間が少しずつ
消えていくのだ。
社会の言葉は強い。
世界を整理する。
並べる。
切り分ける。
わかりやすくする。
だが同時に、こぼれ落ちるものがある。
迷い。
揺れ。
遠回り。
言葉にならない違和感。
人間の側にあるものだ。
人は、そんなに単純ではない。
正しい言葉だけで生きているわけでもない。
頭だけで動いているわけでもない。
身体があり、
感覚があり、
生命がある。
生命は、効率では動かない。
正解でも動かない。
もっと曖昧で、
もっと不器用で、
もっと面倒なリズムで
世界と関わっている。
だから私は、
デザインを問題解決の技術だとは思っていない。
世界をきれいに整理し、説明しきるための方法だとも思っていない。
デザインは、人と世界のあいだにある
ズレや摩擦を見つけることだ。
そして、
そこに無理のない関係を見つけることだ。
人と仕事。
人と人。
人と社会。
そのあいだにあるものを少しずつ整えていく。
見た目を飾ることではない。
手順を整えることでもない。
関係を編み直すことだ。
構造が整えば、人は少し呼吸しやすくなる。
迷いが
消えるわけではない。
違和感が
なくなるわけでもない。
それでも、無理が少し減る。
その形を探すこと。
私はそれが、デザインだと思っている。
デザインは、
世界を説明するものではない。
世界と人間のあいだを、
無理なくツナグ考え方だ。
この連載はここで一区切りですが、
もう少し違う形でまとめ直してみようと思っています。
ここまで読んで、
もし自分の中にも、言葉にならない違和感が残っているなら。
それは、まだ形になっていないだけで、
すでに大切なものだと思います。
一人で考えることもできますが、
誰かと一緒に整理することで、
見え方が変わることもあります。
※そうした整理のプロセスを、伴走という形でご一緒することもできます。
→ 言葉になる前のものを、構造として捉え直す
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▼ その違和感は、考える前にもう答えを知っている
▼ 「わかるだろう」で作られたものは、誰かの指を止めてしまう
▼ まだ言葉にならない違和感こそ、デザインが動き出す最初の合図だった
