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正しさという違和感──正しいほど、人が遠ざかるのはなぜか

効率という違和感──速くしているのに、なぜか進まない理由

違和感のデザイン 06



最近、社会のあちこちで
「正しさ」が強く求められていると感じる。

SNSでも、ニュースでも、会社でも、
誰が正しいのか、何が正しいのか、という話ばかりだ。

もちろん正しさは大切だ。
社会にはルールが必要だし、間違いは正されなければならない。

しかし私は、そこに小さな違和感を覚えている。

正しさが強くなるほど、
人と人の距離が広がっているように見えるからだ。

正しい言葉。
正しい態度。
正しい意見。

それらが並べられるほど、
会話はどこか固くなる。

人は、間違えないように話すようになる。
傷つけないように言葉を選ぶようになる。

それは一見、成熟した社会の姿のようにも見える。
だが同時に、そこから何かが消えている。

迷い。
揺れ。
未完成の考え。

人間らしい部分だ。

人は、いつも正しいわけではない。
むしろ間違えながら理解していく。

関係も同じだ。

正しいことだけでは、関係は生まれない。

関係というものは、
少しの曖昧さや不完全さの中で、
時間をかけて育っていく。

正しさは社会を整える。
だが関係をつくるのは、正しさではない。

信頼だ。

信頼は、正しさからは生まれない。
むしろ正しさだけの世界では、信頼は育ちにくい。

正しさは、人を判断する。
信頼は、人を受け入れる。

この二つは、似ているようで
まったく違う働きをしている。

だから私は、正しさを少し疑う。

正しいかどうかよりも、
それが人を近づけるのか、遠ざけるのか。
そこを見たいと思う。

デザインも同じだ。

デザインは、正しい形をつくることではない。
人と社会のあいだにある関係を、少し整えることだ。

だから私は、正しさを疑う。

人は、
正しさだけでは生きていけない。

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ここまで読んで、
もし正しいはずなのに揺らぐものがあるなら、
それは別の基準が動いているのかもしれません。


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