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効率という違和感──速くしているのに、なぜか進まない理由

エビデンスという違和感──証明がなければ、なぜ考えられなくなるのか

違和感のデザイン 05



ビジネスの話になると、
すぐに「効率」という言葉が出てくる。

効率化。
最適化。
タイパ。
コスパ。

無駄をなくす。
最短距離で結果にたどり着く。
それは一見、とても合理的に見える。

だが私は、そこで少し引っかかる。

効率とは何だろう。

それは、決まった目的に速く到達するための技術だ。

つまり効率は、目的が決まっているときだけに、
力を発揮する。

ここが、いつも抜け落ちている気がする。

ビジネスでもデザインでも、本当に難しいのは
速く進むことではない。

どこへ向かうのか。
何を作るのか。
何が良いのか。

その構造を見つけることだ。

構造が見えていない段階で効率を求めると、
仕事はだいたいおかしくなる。

速く動く。
会議も進む。
タスクも減る。

だが、何かがおかしい。

どこへ向かっているのかが、よくわからない。

そんな仕事を、私は何度も見てきた。

整っていない構造の上に効率だけを載せると、
混乱はむしろ加速する。

説明は増える。
確認も増える。
修正も増える。

速くしているはずなのに、なぜか疲れる。

ここに、私は違和感を覚える。

効率とは、本来そんなものではないはずだ。

構造が整うと、仕事は驚くほど自然に進む。

説明が減る。
判断が速くなる。
人が迷わなくなる。

そのとき、結果として効率は上がる。
つまり効率は、先に求めるものではない。

整った構造の中で、あとから現れるものだ。

私はそう思っている。

デザインは、その構造を整える仕事だ。

見た目を整えることではない。
手順を整えることでもない。

人と仕事、
人と人、
人と社会のあいだにある
ズレを見つけ、
関係を無理なく通る形にすることだ。

そこが整えば、仕事は流れ出す。

効率は、そのあとでついてくる。

だから私は、効率という言葉を聞くと
少しだけ身構える。

その言葉は便利だ。だが便利すぎる。

構造の話を飛ばして、結果だけを急がせる力がある。

効率は、世界を速く動かす。

しかし、世界の向きを決めるものではない。

向きが決まっていない世界で速さだけを求めると、
人はだんだんどこにいるのかわからなくなる。

速いことと、
良いことは
同じではない。

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ここまで読んで、
もし進んでいるのに進んでいない感覚があるなら、
それは効率では測れないものかもしれません。


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