【S5|自然と文化】一流を疑う——1という選択のデザイン #2
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第2回 量よりも、縁が導くもの
選んだのではなく、出会ってしまっただけかもしれない。
1.選択肢が増えすぎた世界
いまの時代、選択肢は多すぎるほどある。
音楽、映画、本、動画、情報。
少し手を伸ばすだけで、無限に近いコンテンツが並ぶ。
この状況では、「良いものを効率よく選ぶ」ことが正解のように語られがちだ。
ランキング、評価、レビュー、一流の名前。
迷わないための指標は、いくらでも用意されている。
だが同時に、
「自分で選んだ気になっているだけではないか」
という疑問も、どこかに残る。
2.縁は、合理的ではない
私が出会ってきた多くの作品は、
合理的な選択の結果ではなかった。
友人が何気なく流していた音楽。
たまたま入った映画館で観た一本。
古本屋で目が合っただけの表紙。
そこには一流かどうかという基準も、
効率という概念もなかった。
あったのは、ほんの一瞬の引っかかりだけだ。
私はこれを「縁」と呼んでいる。
説明できないが、確かに引き寄せられる感覚である。
3.縁は、芋づる式につながっていく
不思議なことに、
ひとつの縁は、必ず次の縁を連れてくる。
一曲の音楽から、
同じ時代の別のアーティストに辿り着く。
一本の映画から、
監督、脚本家、思想へと枝分かれしていく。
それは一直線ではない。
むしろ雑然としていて、遠回りで、無駄も多い。
だがその遠回りの中でしか、
見えない景色があることも確かだ。
4.一流だけでは、世界は見えない
もちろん、一流と呼ばれるものには理由がある。
積み重ねられた技術、評価、歴史。
それらは否定しようがない。
しかし、一流だけを辿る旅は、
地図の上だけを歩くようなものでもある。
土の匂い、脇道、行き止まり。
そうしたものは、
多くの場合、評価の外側に転がっている。
私は、そこにこそ
自分の感覚が育つ余地があると思っている。
5.選択ではなく、応答
振り返ると、
私がしてきたのは「選択」ではなかったのかもしれない。
世界から差し出された小さなサインに、
その都度、応答してきただけだ。
一流かどうかではなく、
自分の中で何が震えたか。
その積み重ねが、
結果として一本の線になっていく。
それが正しいかどうかは分からない。
だが少なくとも、
私にとって時間の無駄だった瞬間は、ひとつもない。
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※自分の感覚で選んでいるつもりでも、どこかで迷いや違和感が残ることがあります。そうした感覚を一緒に見ていくこともできます。
→ 言葉になる前のものを、構造として捉え直す
▼ ビジネスに効くデザイン①
▼ ビジネスに効くデザイン②
▼ ビジネスに効くデザイン③
