kamiarii様の『希死念慮』の乗り越え方を拝読し、感想と、経験を書きました。
kamiarii様。はじめまして。すごいと感じました。僕は権威ではなく、ひとり暮らししながら療用できている双極性障害当事者に過ぎません。自死遺族でもあります。ですので、個人的なテーマであり、興味深く拝読しました。
人によって、効くものと効かないものが違うので、希死念慮のバロメーターを10くらいに設定して、今自分がどの程度なのかを測ってみると、(慣れれば)ほぼ正確に自分の感情がつかめると思う。
出典: 『希死念慮』の乗り越え方|kamiarii
URL: https://note.com/kamialii/n/n0a476697e1ae
自分は5分類として仮定しています。
やり方は複数あるので、参考まで。

気分/感情 → 「もう嫌だ・消えたい・疲れた・眠りたい」
考え → 「詰んだ・もう道はない」
浜辺の優しい波のような引く力→駅のホームなどで「引っ張られる」感じ。怖くないのが危ない。防衛本能の麻痺・鈍化かも
直感の暴走 → べき思考が降ってくる感覚。歴史や宗教や文学の「天啓」はこんな感じかも、と感じました
受けてはいけない傷・トラウマ → おそらく希死念慮の源泉
気分や感情は「そういう日あるよね」「なんかストレスあった?」「眠れてる?」と、共感しつつバロメーターに使っています。
考えに関しては「認知行動療法」の「反証」などを使い、別の生存可能で負担の少ない「解釈」を見つけます。
引っ張られる感じは、ヤバイと思い電車乗れなくてタクシーで帰ったことが1度あります。99%問題ないと思うのですが、「いつもより引かれない?」と感じ、ストレスも自覚していたので、念の為。
以上は客観視・メタ認知・外在化、つまり「理性」で対応出来ます。
直感の暴走。直感は理性より先(早い)もので、「なんとなく桜」→10分経過→「ああ、そういうことか」みたいに、自分の直感は言葉より先だから、「理性」のアプローチが、僕は無理でした。
深夜。眠れない。感情は落ち着いていますが、「閃いて集中する」感じに脳が動くので、困ります。運良く「絶対に他人に迷惑かけない方法あるの? 外で倒れてて、登校班の児童とかが遺体見たら傷つけないか?」みたいに自問自答したところ、直感も私は私で律儀なので、「絶対迷惑かけない方法」という存在しない方法を考えました。
「絶対」はほぼ存在しません。例外はある。
「迷惑」は解釈だから、牧師や葬儀社のスタッフが仕事として対応して下さる場合もあれば、うっかり道で倒れて通りがかった狸と狐に「僕たちやってません」と迷惑かけるかもしれない。(※フィクションです)
……脳も臓器で、酸素も糖も使うので、数時間すれば疲れてパワーダウンするので、直感が遅くなれば「理性」で対応可能になるので、朝まで寝ず始発で病院に行き、予約外受診の問診票に上記を簡潔に書きました。すぐ呼ばれ、「たがが外れてないと思う」との見立てで入院にはならず、帰宅して療用しました。
これは、「生存バイアス」だと思うので、どなたにもお勧めしません。
たぶん、まぐれです。二度とやりたくない。
僕にとっては「引っ張られる」で止めて、「直感の暴走」を回避しています。
また、希死念慮は持っているのだから、いかに不活性化するかを工夫しています。ストレス管理など。
認知行動療法で「ストレスの負荷」を減らし、流れや反応を変えるために「解釈・反証」を探します。外在化をしてあれば、理性で対応出来なくても、観察する力は残るので対応出来ます。
受けてはいけない傷・トラウマ → おそらく希死念慮の源泉
↑僕はマグマのような激怒に思えるので、活性化させると「閉鎖病棟」で入院する必要があると思います。幸い、閉鎖病棟は経験していません。
自分の生育歴を考えれば、無理がないので、全ての希死念慮がそうかは研究していただかないと分からないですが、「個人差のある限界をこえる傷」を与えると、ヒビの入った陶器のビンみたいなもので、「割れやすくなる」と言えないでしょうか。ヒビのうずきが希死念慮であるならば、人を傷つけることの残酷さを思います。
閑話休題
このヒカリ(5つ下のきょうだい・故人)が、
オーバードーズで搬送された事があります。僕は家族の看護する側でもある。母が中心ですが。
「俺の薬28日までしか処方出来ないだろ」
「うん」
「確かに強い薬だけど、希死念慮ある私に、主治医が致死量出す?」
「なるほど」
ということで、我が家は「致死量無理では?」という仮定で、オーバードーズの再発は防げました。
なので、考えて「ああ、無理か」と、手段を封じておくのも便利かもしれません。頭の外に出せるから。
「論点をズラす」は、気を逸らすやリフレーミングかも
この方法は、腹をくくり、考えていくことで、気を逸らすので、同じことがループしてしまうのではなければ、多くの方が応用出来る気がします。
自分のやり方は、多分、生存バイアスあると思うので。
以上、希死念慮に関して、読ませて頂きありがとうございました。
私の経験の範囲では、「合う」方は馴染むと思います。
何ていうか、「それ分かります」という感想文でした。
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✒現在のこのnoteのメインコンテンツ:みんなのための社会デザインラボ
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