👺般若心経 ③ 〜 お経もつかまえたら持てず、消化してしまえば、生命となり持っていることになる 〜 📖『般若心経のこころ』(心行法話会)より


📖『こころにしみる日々(上) 〜 愛と喪失と再生の獄中272日間 〜』

2023.4.9 ~ 12


🎙️雲のように軽やかに、水のようにさらさらと生きていけたら……。
ただ、あそこの中とその後私が帰った元の世界には大きなギャップが待ち構えていた(2025.2.20)。


❓究竟(くぎょう) 👉究極、終局、最後
❓涅槃(ねはん) 👉釈尊御入滅の意と同じ悟り大悟大徹の意、ふたつの意あり。煩悩の火を吹き消した状態。最上の涅槃(P.175)
得阿耨多羅三藐三菩提

より以上なき正しい一切の智慧(👉➕➕正しい知恵)(無上正等正覚 むじょうしょうとうしょうがく)を体現する(P.175)
❓呪(しゅ) 👉佛の真言(👉➕➕誠の言葉)。呪も我々の心の中に本来具有している(👉➕➕真の佛の言葉はそもそも"私"のこころの中にある)
❓是大(ぜだい) 👉大宇宙
❓是大神呪(ぜだいしんしゅ) 👉外から来る悪魔を払う。また、因縁によって生じた仮の層に惑わされず元来空であると観ずること(P.30)
❓是大明呪(ぜだいみょうしゅ)👉内から起こる煩悩を払う見方。般若は人生に大きな光明を与える、世の中を明るくする力であるという意味
❓是無上呪(ぜむじょうしゅ) 👉佛性の光輝く智、この上ない真言を本来持っている、佛心を積極的にあらわそうとする自分の本体を観る。具有すること
❓➕➕佛性(ぶっしょう) 👉生きとし生けるもの全てが、そもそも生まれながらに備えている佛になれる性質
❓是無等等呪(ぜむとうどうしゅ) 👉慈悲を示している。呪の中でいちばん大事なところ。見性した佛性を一切衆生のために働く無心の行、慈悲の心、佛心の徳を顕現すること、つまり菩薩行のこと。見性を活かしてゆかなければならない。大乗佛教のいちばん大切なところで、人生の最終目的である(P.30)
❓➕➕見性(けんしょう) 👉自分に本来備わっている清いこころに気づくこと
❓➕➕顕現(がんげん) 👉はっきりと姿が現れる
❓➕➕大乗佛教 👉豚さんや牛さんも含め、生きとし生ける者全て(衆生)が救われると説く。一方、小乗佛教では修行した者のみが悟りを得られると説く。
❓羯諦(ぎゃてい) 👉行く、去る。心経では度(👉救う)と訳す。繰り返して2回あるのは、自らを度し、他をも度すの意
❓波羅(はら) 👉波羅蜜多の下2字を略す、彼岸のこと
❓波羅(はら)(👉彼岸)僧(そう)(👉衆生 👉➕➕生きとし生けるもの全て)羯諦(ぎゃてい)(👉度)
❓菩提(ぼじ) 👉真理
❓娑婆訶(そわか) 👉成就(👉➕➕何かを成し遂げたり、願いが叶ったり)すること。真言の結句(👉➕➕佛の誠の言葉の結びの言葉)
❓佛(ほとけ) 👉絶対に狂いのない宇宙の根本である真理を人格化したもの(P.22)
我がないとは、

周囲のものは一切判っていながら執着しない、ということ(P.43)
❓真理 👉天地の律動、その根源となる大きな力、また宇宙そのもの(P.56)
❓森羅万象 👉宇宙の精神界、物質界一切のもの。そして、これらはすべての真理の顕れ(👉➕➕表れ)。
佛教では、
科学的な理論の限界を超えたもの(宇宙の根源)は、"感ずるしかない"と教える(P.58)
👉➕➕(ちょっとちゃうけど)ブルース・リーは言ったよね
「考えるな。体で感じろ(Don't think, feel!)」
物質を分析し、分析ししてゆくと微じんとなり、極微となり、

ついには無に帰す。が、何もないというのではなく何か根源らしきものがある。この言語を絶した個所を無または空という。そして、この空観は直感で体解(たいげ)(👉➕➕体で理解)するしかない。--空故に因縁によって森羅万象は生ず ➡︎ 一切の根源は - (空)なり = 一即一切 一切即一 = 色即是空(しきそくぜくう) 空即是色(くうそくぜしき) 従って真理(空)から因縁によって発生された私のその根源は真理そのものである(P.59)
理論を超えて感ずるしかない根源のもの、

言語を絶した偉大な何かの力、働き、それを佛教では「真理 = 佛 = 不生(ふしょう) = 無 = 空 = 佛心(ぶっしん)」という言葉で説く(P.62)
❓➕➕不生(ふしょう) 👉深過ぎる。どなたか教えてください🙏
宇宙を創った根源は初めも終わりもない、

ただありありとあり、生まれないものであった ➡︎ 不生不滅(ふしょうふめつ)(P.63)
佛心で暮らし、全く我がなければ明鏡の如しで、
❓➕➕明鏡 👉一点の曇りもない鏡 👉邪念のない澄んだこころ
そのまま偽らずに、ありのままに見て、執着なく、来たれば映り、去れば消える、さらさらとした心で生活できる。いつでも鏡(心)にものが残っているのは、執着ばかりで、苦しむ不幸な生活と言えるであろう(P.64)
よって、➡︎ 不垢不浄(ふくふじょう)、不増不減(ふぞうふげん)となる。
(2023.4.12)
❓本来是佛(ほんらいぜぶつ) 👉真理とは佛とは、そこから派生された私自身である。佛は私たち自身の内に生まれる前から持っている、いや私自身である(P.67)。
無(無常・生死)

世の中は全て変化して止まない、無常変化が実相(真の姿)である。変化して止まないということは、とどまることがないので、「これ」と定まったものは何ひとつとしてなく、実相は無相、無、空であり、無自性(むじしょう)である(P.68)。
❓➕➕無常変化 👉ありとあらゆるものは常に変化し続けている
❓➕➕無自性(むじじょう) 👉実態がないこと
現象として私という形はあるとしても実体は、全てのものの関連の上において初めてあり得、しかも刻々と時は流れ変化し続けているから私はあり得ない。今、目に見える私をはじめ全てのものは仮の相なのである。精神界物質界ありとあらゆる森羅万象全て仮の相である。もともとない私をないと見定めることこそ大切なので、仮の相と判れば、ない我を土台とした我見は全て間違っていて、間違った我見を通して苦しむこともなく、さらっと楽な生き方ができる(P.69)
不生の佛心で暮らしさえすれば中道実相となり、何もかも整う(P.71)。
❓➕➕中道 👉異なるふたつの物や思想の間

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全ては心次第。森羅万象は全て、性はなく、無自性である。
宇宙の本体は実は空で即ち佛さえ、真理さえ、固定した何ものもなく、動きっぱなしである。その佛とは全く一分の狂いもない対する何ものもない"絶対"なものである。その絶対に狂いのない作用、真理も心眼を開けば、即自分自身であると解る。その佛性は無常ゆえに動きっぱなしでただ空というのではなく、因縁の理法により狂いのない微妙な動きを顕(あらわ)して(👉表して)いる。その相を真空妙有(しんくうみょうう)という(P.73)。
❓妙 👉煩悩、菩薩さえ出てくる余地のない明るさ


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生死について

私たち自身も、無常であればこそ刹那に生き刹那に死ぬ変化の連続そのものである。生きつつ死につつ、死につつ生きつつ、生死一如である(P.75)。
肉体は因縁により培われるが、生命は絶えることなく生死をくり返し持続する。その生死とは永遠の生命(佛心、宇宙の根源、第九識、不生等々)の営みとしての生であり、死であり、つまり生死そのもの自体が永遠の生命の自転作用である。過去と決まった相もなく、未来は言うまでもなく、現在さえもない。ただ瞬間瞬間の連続のみ、そのかけがえのない尊い時間(即今・刹那の当体)をどう生きるかによって人生を決定し、未来も築いてゆく(P.76)
❓➕➕第九識 👉阿摩羅識(あまらしき) 👉本来清らかなこころ 👉生まれつきの悪人はいない?
我・執着

我を捨てた見方とは一口に言って「そのままに見る」ということ。"私"を土台とした見方、我見(主観)でものを見ると、我の働きが入り真にそのもの自体を見ることができない(P.80)。
それっきりそれっきりの生活、さらさらとした生活。
「来れば迎え、去らば追わず、対すれば和す」を心条とする。生きているものはいずれ死ぬのは当然のことで、それを嫌だと思うのは煩悩・執着であり人間の主観にしかすぎない。死ぬ・・・生まれる、枯れる・・・咲く、乾く・・・潤う、➡︎ 天地の調和の相。調和は天地の法則。
行雲流水

雲の歌 ・・・ かかわらず とらわれずして 大空は 心かろげに 白雲の行く
水の歌 ・・・岩もあり 木の根もあれど さらさらと たださらさらと 水の流るる
生死も流れる水のようなもので、悠々の流れの中で絶え間なく変化し続けている(P.84)。


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ものに執着し、自分ひとりのものとすると、握っただけのものは掴めるが、ただそれだけ。

握らずに掌を広げると指の間からさらさらとこぼれ落ちるが、それは下を潤し、また掌にはいつも上から降ってきて、分に応じ必要なだけは常に与えられる。道元禅師(どうげんぜんじ)曰く
「放てば掌に満てり」

(P.86)
❓➕➕道原禅師(どうげんぜんじ) 👉日本での曹洞宗の開祖。鎌倉時代初期の僧侶。1244年に永平寺を開創

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究極のところ、

お経もつかまえたら持てず、消化してしまえば、生命となり持っていることになる(P.180)

🔗️📖P.36『2023.3.8~』
🔗️📖P.37『2023.3.8~』


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関連するコンテンツ📖「👺般若心経 ② ~ 諸行無常 是正滅法 生滅滅己 寂滅為楽、弘法大師『いろは歌』 、 因が変われば現象(縁)は変わる ~ 📖『般若心経のこころ』(心行法話会)より



『【隣の🔪犯罪論】 〜 誰もが超えてしまえる、その一線 〜』
🐦⬛🐦⬛❤️ここしみとは一線を画する異色作
⚠️【速報!】https://note.com/karumashow/n/nabf372b60617
となはん、ゲスト❤️スキ率75%突破。
読んだ4人のうち3人が、外の世界から。
“届いた”を超え、“共鳴した”文学

📢コンテンツを読んでくださった方へ

これは実は、全体でひとつのリアルなストーリーになっています。
🔰📖『ここしみ』 超・あらすじ
👉ざっくりと全体を把握したい方へ
❓📖『ここしみ』って?
👉全体像。壮絶な日々の果てに綴られた“特別な一篇”。こころに灯る何かを感じてもらえたら。。。
壊れた人生。それでも生かされた。だから今語り始める。「罪と罰」、「愛と絆と再生」、そして「本当の自由」の物語。私があそこで過ごした272日間と、その後の壮絶な日々を綴っています。
また、獄中「🏛️訴訟ゲーム」を通じて、冤罪、死刑制度、司法の闇など、現代社会の深い問題についても斬ります。他に、「🏰ムショトピ」といったゆるーいコンテンツも。
そんな風に、ひとつの人生の軌跡を通じて、「生きるとは何か?」「愛とは?」を問いかけます。
👉気になるコンテンツだけでもOK
👉だいたいの話は各話ごとの短編としても(多分)お読みいただけます
📖『こころにしみる日々(上)~ 愛と喪失と再生の獄中272日間 ~』
📖『こころにしみる日々(下)~ 灯りを求めて。出所、そして壮絶な日々 ~』
『💠コラム的な:』 👉📖『ここしみ(上)(下)』から抜粋したエッセイ集
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