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メタル君の「今日の精神医学豆知識!」(656)-(660)

皆様、こんにちは。鹿冶梟介(かやほうすけ)です😆

最近、我が家でとてもハッピーな出来事がありました。

なんと小生の息子が国立大学医学部に合格したのです!

(しかも小生の出身大学!)

大げさではなく、人生で最大級の喜びです(小生が医学部に合格した時よりもうれしいかも)。

息子は小学校の頃から「医者になりたい」と言っておりましたが、その夢を実現させる最初の一歩を踏み出しました。

初志貫徹...、考えてみると、本当に凄いことですね。

試験前に面接の練習を一緒にしましたが、想定質問の中に”尊敬する人は?”という項目がありました。

半分笑いながら息子にこの質問をすると、

私が尊敬するのは父です。父のような医師になりたいです

...と真顔で即答してくれた時は、本当に涙がでそうになりました。

これからも医師として精神科医として、そして父親として息子にしっかりと背中を見せられるよう、精進していきたいと思います!

息子よ、あらためて合格おめでとう!🌸

メタル君の「今日の精神医学豆知識!」は、X(旧: twitter)で毎朝8時にアップしております。

X(旧: twitter)民の皆様も、X(旧: twitter)では語りきれなかった【メタルのおまけ】がございますので、ご興味があれば本記事を是非お読みください!

【今日の精神医学豆知識集!(その132)】

656.土田獻(つちだけん)は江戸後期の漢方医で、多数の精神障害者の治療をしたと言われているよ。土田はその経験をもとにわが国最初の精神医学専門書「癲癇狂経験論」を書いたよ。同書には約60の症例がまとめられているんだって。

2025年1月6日

【メタルのおまけ】
ちなみに土田は精神の中枢は胃にあると考え、胃に五臓・五気の伏熱が溜まると癲狂が生じ、陰陽・虚実の増減により発揚性と憂鬱性の病状が生まれると考えたよ。ギリシャ時代のヒポクラテスが唱えたうつ病の「黒胆汁説」を彷彿とさせるね。ところで土田がすごいのは、「近年、癲狂の患者が増えたのは思慮嗜欲に節度がなくなったため」と社会的背景と精神疾患の関係を指摘したことだよ。

↓漢方医だった土田もこの図鑑が欲しかったかも?


657.榊俶(さかきはじめ)は明治時代の精神科医で現在の東京大学医学部精神科の初代教授だよ。日本の精神病学の基礎を築いた偉い先生で司法精神医学、進行麻痺、狐憑きなどの研究もしていたよ。ちなみに榊はもともと眼科を専攻していたんだって。

2025年1月7日

【メタルのおまけ】
榊俶の名は司法鑑定で有名な「相馬事件」をきっかけに広まったと思うよ。この事件をきっかけに精神病者を監護(看護ではない)する手続きについて整理され、後の精神病者監護法制定につながるよ。ちなみに榊家は多くの名医を輩出した超名門だよ。弟の順次郎は東京帝国大学を卒業後産婦人科医に、同じく弟の保三郎も東京帝国大学を卒業後に精神医学者になったんだよ。

↓名門で調べると、これが出てきました。息子は使っていなかったようですが…。


658.呉秀三(くれしゅうぞう)は明治から大正にかけて活躍した精神科医だよ。様々な業績があるけど私宅監置(いわゆる座敷牢)の実態調査を行い、精神病者監護法の不備を指摘したんだ。呉たちの調査は後の精神病院法制定に繋がったよ。

2025年1月8日

【メタルのおまけ】
呉秀三は東京帝国大学を卒業後、前述の榊俶の門下生になるんだけど、榊俶が早世したため、近代日本における精神医学・精神科医療の事実上の創設者であったんだよ。彼が精神病者監護法を嘆いて残した言葉、「我が邦(くに)十何万の精神病者は実にこの病を受けたるの不幸のほかに,この邦に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし」は今の医療従事者も肝に愛じておく至言だね。

↓呉の著書の現代語訳だそうです。


659.森田正馬(もりたまさたけ)は明治から昭和にかけて活躍した精神科医だよ。幼少期から心気症、死恐怖、パニック発作などに悩まされたんだけど自身の経験をもとに"森田療法"を開発したよ。ちなみに森田は患者さんを自宅に招いて森田療法を実践したそうだよ。

2025年1月9日

【メタルのおまけ】
森田正馬は東京大学を卒業後、最初は催眠療法に傾倒したよ。でも神経症の患者さんたちに催眠療法を施すけど全然効かないことが分かったから、米国で行われていた「安静療法」をヒントに森田療法の肝である「絶対臥辱」を閃いたんだって。ちなみに森田は現在の東京慈恵医科大学の初代教授になったんだよ。

↓森田の著書は現代でもよく読まれております。


660.下田光造(しもだみつぞう)は大正から昭和にかけて活躍した精神科医だよ。下田の業績は多岐にわたるけど躁鬱病の病前性格である"執着気質"の提唱は精神病理学に大きな影響を与えたよ。因みに下田は統合失調症の神経病理にも興味があり150例以上の統合失調症脳を解析したよ。

2025年1月10日

【メタルのおまけ】
下田は東京帝国大学を卒業後、慶應義塾大学初代精神科教授に就任した後、ドイツ留学を経て九州帝国大学教授に就任し、晩年は米子医学専門学校(現在の鳥取大学医学部)の創立に貢献したよ。とても温厚で指導力抜群で、彼の講義はその文章と同様に明快で名講義として人気だったそうだよ。現代に生きていたらYouTuberとして大成功してたかもね。

↓下田が現代に生きていたらバズっていたでしょう。


【メタル君の考察】

今回は「近代日本の精神医学者」に関してツイートしたよ!

精神科医でなければあまり聞いたことのない人たちの名前かもしれないけど、日本の近代精神医学を築いた偉人たちであることは間違いないよ。

言い方をかえれば医師の国家試験では覚える必要はないけど、精神科の専門医試験には出てくる人名かもね。

試験と言えば、鹿冶さんの息子くんも試験に合格したそうだね(おめでとう)。

もし息子くんが将来精神科医になったら、僕の豆知識で勉強するといいよ(上から目線)。

これからもマニアックな精神医学ネタをバンバン紹介するぞ😆

↓ドラクエの花札、ちょっと欲しいかも。


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