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断れない、準備しすぎる。その「めんどくさい」は怠けじゃなく、見捨てられ不安でした|HSP・繊細さん

※この記事は2026年6月24日に加筆・更新しました。

「これ、自分がやっても意味ないよな」

そう思いながら、頼まれた仕事を断れずに引き受けた夜。

「さすがに準備しすぎでは?」と頭の隅で思いながら、それでも手を止められなかった休日。

そのあとに、決まってやってくる感覚があります。 何もかもが、ただただ「めんどくさい」。

僕は長いあいだ、これを自分の怠けだと思って責めていました。

でも、ちがったんです。 その「めんどくさい」は、弱いから出てくるんじゃありません。 むしろ、ずっと頑張ってきた人にだけ届く、心からのサインでした。


その「めんどくさい」、怠けじゃないんです

やらなきゃいけないのは、わかってる。 なのに、体が動かない。

机に向かっても、なかなか進まない。 好きだったことすら、気が乗らない。

以前の僕は、これを「甘えだ」「気合いが足りない」と片づけていました。 できない自分を、毎晩ひとりで責めていたんです。

でも、よく思い返すと。 この「めんどくさい」が出てくるのは、いつも決まった場面でした。

「これは意味がない」「ここまでで十分だ」という自分の感覚を、押し殺して動いたあと。 心はちゃんと、わかっていたんだと思います。

根っこにあったのは「代わりはいる」という怖さ

なぜ、意味がないと思うことを断れなかったのか。 なぜ、過剰だとわかっていて、準備をやめられなかったのか。

自分の奥をのぞいてみて、出てきた言葉がありました。

「断ったら、もういいや、代わりは他にもいる、って思われる」

——見捨てられたくなかった。

ほんとうに、それだけだったんです。

ここにいていいと思える場所を失わないために、意味がないと思う仕事も引き受けた。 がっかりされないように、誰も頼んでいないところまで準備した。

必要のない資料まで作り込んで、何度も見直す。 送る前のメッセージを、書いては消して、また書く。 「これで大丈夫だろうか」と確かめ続けて、気づけば時間だけが過ぎている。

自分の感覚より、相手にどう思われるかを優先する。 それを、何年も続けてきました。

本では、これを「過剰適応」という言葉で書きました。 注意されたくない、嫌われたくない——その一心で、自分をすり減らしていく状態のことです。

動けなくなったのは、心が自分を守った証拠

ずっと気を張って、自分を後回しにして、誰かの期待に応え続ける。 そんな生き方を、心はいつまでも許してはくれません。

どこかで、限界がくる。

そのとき心が出した「もう、これ以上はムリ」の声が、あの「めんどくさい」だったんです。

怠けたくて動けないわけじゃない。 見捨てられないように頑張りすぎた心が、自分を守るために、いったん動きを止めただけ。

「期待を手放すことは、自分を守る立派な防衛本能」。 本にそう書いたとき、僕はようやく、無気力だったあの自分を責めるのをやめられました。

だから、もし今あなたが何もできずにいるなら。 それは、ダメだからじゃありません。 ここまで必死に、自分の居場所を守ってきた証拠なんです。

最近、「これ、断ってもよかったかも」と思った場面、ありませんでしたか。 小さなことでかまいません。そんなひとことを、ここにそっと置いていってもらえたらうれしいです。


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完璧にやろうとするほど、なぜか体が動かなくなる。あの不思議な現象の理由と、力の抜きどころを綴っています。準備や仕事を抱え込みすぎてしんどい人に。

この「めんどくさい」とずっと向き合っていた時期に、僕は一冊の本を書いていました。同じ生きづらさの中にいる人へ、出版に込めた思いを綴っています。

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