自転車屋の兄弟はなぜ空を飛べたのか|『ライト兄弟』挑戦の本質
学歴なし、資金なし、後ろ盾なし。オハイオ州デイトンで自転車店を営むウィルバーとオービルの兄弟が、人類初の動力飛行を成し遂げた物語。政府から7万ドルの資金を得たラングレー教授が失敗する一方で、彼らはわずか1000ドルで飛行機械を完成させた。
この本は65〜75%あたりで本編が終わり、残りは人名索引や文献で構成されている。思ったより早く読み終わるが、その密度は圧倒的。鳥の観察から翼の設計原理を導き出し、誰も研究していなかったプロペラを独自に開発し、蚊に刺されながらも何度も何度も飛び続けた2人の姿が、綿密な取材と日記の記録から浮かび上がる。
📖 この本を読むべき人
起業家、研究者として「やり遂げる力」を学びたい人
好奇心と観察力がどう成果につながるかを知りたい人
技術の発明と社会的責任について考えたい人
著者プロフィール: デヴィッド・マカルー
作家、歴史家。1933 年、ピッツバーグ生まれ。イェール大学卒業後、スポーツ ・イラストレイテッド誌、アメリカン・ヘリテージ誌で編集に携わる。Truman(1992)とJohn Adams( 2001)で二度のピュリツァー賞受賞。The Path Between the Seas(邦訳『海と海をつなぐ道- パナマ運河建設史』鈴木主税訳・フジ出版社)とMornings on Horseback で二度の全米図書賞受賞。2006 年には大統領自由勲章を授与された。
感想
信念は非常に大事なのだなと考えさせられた本だった。
お金や環境、常識、サポートなど、いろいろな理由を述べる人はいるし、そういうサポートがあるからこそできるという人はいるが、何にもまして大事なのは意志なのだろうなと思った。
ライト兄弟は、飛行機械も自前で作ったし、財政的な支援を受けたわけではない。
それでも、できると信じて最終的にやり遂げたのはすごいなと思う。
重力に反して空を飛ぶというのは、感覚的にも一番、難しそうと思う、直感に反する行為なので、すごいなと。
技術・環境・マインドの発展・革新
リリアンタールが与えた影響は大きい。
これで空を飛ぶというのが、そこまで夢物語ではないのではないか?と人々が信じるようになったのだと思う。
動力源としてエンジンが出てきているのも大きい。
飛行船がすでに実用化されているのも大きい。
空を動力源を使って自由に飛ぶというのは、本当に実現可能とは思えないが、上で述べた技術革新やマインドのアップデートによって、できるのではないか?と思えてくる。
アイデアはやっぱりConnecting dotsしているだけだなと思うし、それらの技術や事例がきちんとシェアされる世界というのは素晴らしいと思う。
ディスカッション・パートナーは大事。
各自がベストを尽くすというのは大前提だが、違う視点や考え方、別のアイデアが組み合わさったAuf hevenすることによって、新しいもの・やり方というのが出てくる。
習慣
この時代の人たちは日記を取るのが普通なのだろうか?
とてもマメにつけていたというのがわかる。
振り返るという習慣は大事なんだろうな。
成功した後の話
メディア対応はやっぱり大変なのだろうなと。
キャサリンは上手だったけど、兄弟はどちらもあまり。
本業以外にメディア等の対応をしなければならないというのは、湯川先生を思い出した。
オーヴィルの遺産は現代価値で1000万ドル程度。
やはりお金が目的ではなかったんだろうなというのがわかる。
「世界に永遠の平和をもたらすものをどうしても発明してみたかった。しかし、私たちはまちがっていた。(略) 私は誰よりも飛行機がもたらした破滅を嘆いているが、少なくとも自分が飛行機を発明したこと自体はまったく悔いていない。飛行機とはまさしく火のようなものなのだろう。火がもたらした恐ろしい破壊はことごとく恨むが、人類にとって火を使うことを見出したのは誠にすばらしいことであり、この発見を通じてわれわれは何千、何万という火の重要な使い道を学んだ。」
火を発見したというのは良い表現。
アメリカン・スピリットを体現しているような人物。
開拓者精神がすごい。
愛国精神もあるなと思った。
輪読会で議論したこと
信念と覚悟は口にしない
ライト兄弟を読んで全員が感じたのは、信念の力。お金も環境もサポートもない。政府も相手にしてくれない。それでも「できる」と信じて、最終的にやり遂げた。
この話から、あるメンバーが最近聞いた「覚悟」のエピソードを紹介した。起業家同士の集まりで、ある経営者が「チームに覚悟を持ってやっていこう」と説いていた時に、別の起業家が笑った。「本当に覚悟がある人って、覚悟って言わなくないですか」と。
言っていることとやっていることは逆になりがち。できていない人ほど覚悟を口にする。周りの成功している先輩で「覚悟」と言っている人を聞いたことがない。当たり前すぎると人はそういうことを喋らない。ライト兄弟もまさにそういうタイプだった。周りにどれだけ嘲笑されても、笑われても、皮肉を言われても、ただやり続けた。ガンジーの「最初はみんな無視して、笑って、競り合って、最終的にお前が勝つ」という言葉を思い出した。
カンファレンスの時も朝8時か9時に抜け出して工場に戻り、またちょっと行ってまた戻ってくるような人たちだった。周りとか関係なく、本当に自分たちがやりたいこと、気になったことをやり続けるという徹底した姿勢。
リリエンタールが開いた「認知の壁」
ライト兄弟以前にリリエンタールというグライダーの先駆者がいた。彼の功績は、「空を飛ぶのは夢物語ではないのではないか」と人々に信じさせたこと。彼がいなければ、空を飛ぶというのは誰もが「飛べないよね」と思い続けていたかもしれない。
1マイル4分の壁と同じ構造。誰かができると見せた瞬間に、それに続く人が出てくる。それまでは誰もできないと思っていたのに、一人ができだしたらみんなできだす。ファーストペンギンの存在は世界にとってすごく大事だし、愚直に何かをやり続ける人は貴重。
技術は広めて残しておくべきだし、他の人が使える状態にしなければいけない。リリエンタールの研究が公開され、世界にシェアされていたからこそ、ライト兄弟はそこからスタートできた。コネクティング・ザ・ドッツ。リリエンタールがいて、エンジンがあって、飛行船がある。それらをつなげて「じゃあできるんじゃないか」と考える。アイデアは既存のドットの接続から生まれる。
観察と実地経験の圧倒的不足
議論の中で面白かったのは、当時の飛行機開発者の多くが「機械を作る時間」に重きを置いていたという指摘。実際に飛ぶ時間を増やすという発想がなかった。今の感覚なら「飛びたいなら飛行時間を伸ばして実験しろ」は当たり前だが、当時はそうではなかった。
ライト兄弟はそこが違った。理論だけでなく実地経験を重視し、鳥を徹底的に観察し、何度も何度も飛んだ。理論と実践の両輪が回らないと意味がない。命をかけてそれをやり続けたからこそ、たどり着けた。毎回毎回、助手の人が2人を「死ぬんじゃないか」という気持ちで送り出していたという一文が印象に残った。
ラングレー教授は政府から莫大な資金と学識ある人材を集めたが失敗した。NASAのような政府主導の組織がうまくいかず、個人が成功させるという構造は、現代のイーロン・マスクとSpaceXにも通じる。当時の空を飛ぶことは、今の宇宙に行くことに近い感覚だったのかもしれない。
フランスに行ったから世界的になれた
アメリカ政府がライト兄弟を相手にしなかったため、彼らはフランスに渡った。これが大きかった。もしデイトンに居続けていたら、地方では有名になったかもしれないが、世界的にはどうだったか。
フランスはフランスで飛行研究が盛んだった。一番盛り上がっている場所に行って、圧倒的な実力を見せて1位を取り、そこから世界に広がった。当時はオンラインもない。現地に行くことの付加価値が今よりはるかに高い時代。フランスでの成功がアメリカに逆輸入され、大統領からメダルをもらうまでになった。
もし仮にアメリカに居続けてやっていたら、フランスで誰かが飛行して、それがアメリカに来て「ライト兄弟いたじゃん」と言われても、もう水かけ論になる。受け入れられる場所を選んで広めるという判断は、現代のスタートアップにもそのまま当てはまる。
発明者は使われ方に頓着しない
飛行機がやがて爆弾を落とす道具になったという話題で議論が白熱した。オービルは「飛行機は火のようなもの。火の発見自体は後悔していない」と述べている。飛びたいから作ったのに、それが戦争の道具になるとは想定していなかった。
技術の進歩はそれ自体で素晴らしいことだが、悪用する人も出てくる。アインシュタインがマンハッタン計画に関わった話とも重なる。理系の人たちは発明するだけで、使い道を決めるのは別の人間。技術を持つ側に倫理観が求められるが、攻めてくる相手がいる以上、守る手段としての技術開発も必要になる。抑止力を持てばエスカレートする。外交で解決するにも限界がある。「合理的に考えたら変だけど、俺は関係ないってやつが一人でもいた時点でコミュニティは終わる」。多数決が通らない世界ではどうしようもない。
AIについても同じ議論が当てはまる。AI自体が直接攻撃することはなくても、使い方次第でフェイクニュースやハッキング、情報戦に使われる。どの時代においても、使う人の倫理観が問われる。悪意がない人たちが先端の技術を握って開発している方が世界にとっていい。しかしそれが公開されれば悪意のある人にも渡る。この繰り返しの中で人類はやっていくしかない。
アインシュタインの言葉が引用された。「第3次世界大戦でどんな兵器が使われるかわからないが、第4次世界大戦ははっきりしている。石と棒で戦うことになるだろう」。
好奇心と「インカムゲイン」的な学び
本書で印象に残った言葉として、「労働に対する一番の報酬は、さらに深く知りたいと思うようになることでもたらされた」が挙がった。ベンジャミン・フランクリンの「知識への投資は最大のリターンをもたらす」とも共通する。みんな同じことを言う。
これらは全て「インカムゲイン」的な考え方。自分という存在があって、その存在をもとにリターンが生まれ続ける。キャピタルゲイン(売却益)ではなく、学び続けること自体がリターンになる。ライト兄弟の好奇心と知識欲は、まさにこの構造そのもの。自分が時間を使って何かに没頭し、そこから学び取り、さらに深く知りたくなる。
究極のリターンとは何か。空を飛ぶという自分の好奇心を追い続け、人類の役に立つかどうかはメインの理由ではなかったはずだが、結果的に飛行機やロケットの開発に影響を与えた。自分が本当に気になってやりたい、どんどんわかっていくようになって面白くなる、そのプロセスが結果として人類の役に立つ。これ以上のリターンはない。
ディスカッションパートナーの価値
ライト兄弟は2人でやっていて、しかもタイプが違う。それぞれが考え、議論し合えるディスカッションパートナーとして機能していた。各自がベストを尽くすのは大前提だが、違う視点や考え方、別のアイデアの組み合わせによって新しいものが生まれてくる。
キャサリン・グラハムの自伝にも出てきた、ウォーレン・バフェットの「オランウータン理論」がここにも当てはまる。話す中で思考が整理されていく。自分の考えを誰かにぶつけることで、新しい発見がある。
習慣もすごく大事だという話にもなった。ライト兄弟は日記を丹念につけていた。キャサリン・グラハムも日記を書いていた。何月何日にどうだったかを記録し、あの時はああだったと振り返れる。振り返る習慣が、次のアクションの質を上げる。
引用
ウィルバーの集中力は激しく、いささか尋常ではないと感じる者もいたぐらいだ。本人は周囲から自分を切り離すことができたのである。
商売で成功する者とは、つねに自分の利益を念頭に置いた積極的な人間です(とウィルバーは書いている)。商売は形を変えた戦争にほかならず、その戦争において闘士は商売敵から相手の利益を奪いとるためにしのぎを削ると同時に、すでに自分が勝ち得たものを守り通さなくてはなりません。
飛翔する鳥の観察を通じて、鳥はもっと「決定的で効果的な方法で均衡を得て」おり、それは操縦者が体位を変えることで機の重心を調整するような方法ではないとウィルバーは確信していた。そして、鳥は翼の先端の角度で調整しているのではないか、そのために片方の翼の先端の角度をあげたり、もう一方の翼の角度を下げたりしているのではないかと考えるようになっていた。つまり鳥のバランスとは「体重を移動させるのではなく、空気に対する動的な反応を利用」することで制御されているのだ。
理想的なキャンバー、すなわち前縁から後縁までの望ましい曲面は、重力に反して翼に最大の揚力を与えられる。兄弟がこれほど手こずっているキャンバーの比率は一二対一、二人が基準にしたこの比率はリリエンタールの推奨値に基づいていた。その一方で昨年のグライダー1号で兄弟は二二対一のキャンバーを使っていた。
この返事に、では年間一万ドルの資金を提供しようという富豪がいたらどうだろうとシャヌートはもちかけ、アンドリュー・カーネギーとは面識があると書き添えた。「紹介状を書いてさしあげられるが 33」という申し出に、ウィルバーは差し障りなく断った。
エンジン以上に厄介な問題になっていたのがプロペラの開発である。「プロペラこそ、ウィルバーとオーヴィルが悪戦苦闘した一番の難問だったと思う。プロペラの開発について、兄弟はそれにふさわしい十分な評価を得ていない」とテイラーは後年発言している。
オーヴィルの証言に残るように、飛行は「きわめて不安定だった」。上昇したかと思えば下降して、ふたたび上に向かっている。乗り手を振り落とそうと跳ねる野生の子馬のようにフライヤー号は急上昇と急降下を繰り返すと、片方の翼が砂地に触れた。飛行距離は一二〇フィート(三六・六メートル)、フットボールの競技場の半分にも満たなかった。飛行時間は約一二秒だった。
ウィルバー・ライトとオーヴィル・ライトは、独自に製作した機械で人間は空を飛べる事実を明らかにした。その事実に世界はまだ気づいていないとしても、二人は確かにやり遂げていたのだ。
オーヴィルは、巨大な爆撃がもたらした第二次世界大戦の禍々しい死と破壊を見届けるまで生き永らえたが、生前に受けたインタビューで、自分と兄ウィルバーの思いを必死になって伝えようとしたことが何度かあった。
世界に永遠の平和をもたらすものをどうしても発明してみたかった。しかし、私たちはまちがっていた。(略) 私は誰よりも飛行機がもたらした破滅を嘆いているが、少なくとも自分が飛行機を発明したこと自体はまったく悔いていない。飛行機とはまさしく火のようなものなのだろう。火がもたらした恐ろしい破壊はことごとく恨むが、人類にとって火を使うことを見出したのは誠にすばらしいことであり、この発見を通じてわれわれは何千、何万という火の重要な使い道を学んだ。
投じた労働に対する一番の配当はいつも変わらず、これまで以上に実力がつくことよりも、さらに深く知りたいと思うようになることでもたらされた。
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