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もう一つの1984年に迷い込む|村上春樹『1Q84』全3巻レビュー

著者プロフィール: 村上春樹
1949(昭和24)年、京都府生れ。早稲田大学文学部卒業。
1979年、『風の歌を聴け』でデビュー、群像新人文学賞受賞。主著に『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞受賞)、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『ノルウェイの森』、『アンダーグラウンド』、『スプートニクの恋人』、『神の子どもたちはみな踊る』、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』など。『レイモンド・カーヴァー全集』、『心臓を貫かれて』、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』、『ロング・グッドバイ』など訳書も多数。

村上 春樹

今回の本は、村上春樹さんの名作です。私は大学生時代に読んだので、約10年ぶりに2度目の読書です。輪読会向けにまとめた感想と、輪読会で話した内容をまとめているので、きちんとした本のレビューではないことをご了承ください。

感想

  • 青豆の殺人とか、空気さなぎとかなんか思い出した。ただ、その話の続きが全然思い出せない。

  • めちゃくちゃ覚えているけど、結末は最後まで思い出せなかった。

    • 牛河がビニール袋を被せられて窒息死させられたところも覚えている。

  • 村上春樹さんワールドなのだが、物語に引き込ませる能力がすごいなと毎回思う。

    • 今回は青豆と天吾の運命が絡み合って、最終的に一緒になる。

    • 青豆と天吾が一緒になるために、2人は1Q84の世界(猫の街)に引き摺り込まれ、一緒になるという目的を果たしたから、元の世界と思われる世界に戻っていく。

  • 消化不良感がある。


輪読会

  • とにかく長い(約1800〜2000ページ級)。それでも「結末が気になって読み進められてしまう」のがすごい、という評価が複数。

  • 一方で、読み終えた後に残るのは「スッキリ」よりも消化不良/未回収感/オープンエンド感。

  • SF(ディストピア/謎解き)を期待すると、最後が「恋愛(ラブストーリー)に着地する」ことに肩透かしを感じやすい。

  • ただし「象徴(メタファー)として読むと面白い」「余白があるから語りたくなる」という方向に議論が深まっていった。

  • 「70%官能小説」どころか、読み切ったら「結局めっちゃ官能小説」という印象が強まった。

  • 特に、「50代男性が女性側の性描写を書く気持ち悪さ」への拒否感が正直に出ていた。

  • 物語構造としては、

    • 「3体」みたいに部ごとに世界観が拡張していくタイプを期待していたが、

    • 最終的に「なるほど、男女の恋愛に行き着くんだ…」とシュッと収束して、SFとしての期待が強すぎた反省も。

  • ただし「社会的脆弱性/現代社会の影」を物語に落としている感じはあった、という見立ても。

  • 強い指摘として、

    • 人間らしい人間がほぼ出てこない

    • その違和感が逆に読み進める推進力になっている
      という見立て。

  • 世界観(リトル・ピープル/空気さなぎ)が「現実にないのに想像できるライン」で、オリジナリティがある。

  • ただし、意味が分からない/回収されないポイントが多く、消化不良は残る(理解力の問題かもしれない、と謙虚に留保)。

  • 共感しやすい人間として牛河が一番人間だった説(報われなさが刺さる)。


話題に上がった「結局あれ何だったの?」が多いのが特徴

  • 銃のチェーホフ的言及:言っておきながら撃たれない(回収されない)

  • 病院・父親の検査中の描写:空気さなぎ/小さな青豆/手を握る…の意味が分からない

  • NHK受信料の囚禁(?)の件:覗き穴の人物(父親の魂?)など解釈が割れた

  • あゆみ屋は誰に殺されたのか

  • 教団(さきがけ)の位置づけ:構造は示されるが、目的や全体像が曖昧

  • 牛河がどのタイミングで巻き込まれた側に入ったのか

  • リトル・ピープルの目的/ルール:出て来られない→牛河の口から出てくる、のあたりの納得感が弱い

  • 最後の戻りが意外とスルっと行く+結局「第三の世界かも」の匂わせだけで終わる


タイトル(1Q84)への不満・期待

  • オーウェル『1984』の影響(ビッグ・ブラザー→リトル・ピープル)を感じるという話。

  • 「1984を名乗るなら、最後に1985になって幕が閉じるくらいの締めが欲しかった」
    → タイトル回収が弱い/タイトル返してほしいという不満。

  • ただし「村上春樹は“過去にも起こり得たIF”として描いたらしい」という話題も出て、未来予言の『1984』と、現実に埋め込まれたIFの『1Q84』という捉え方が出た。


「象徴として読む」方向に議論が進んだ部分

  • 作品をただのストーリーとして読むと「分からない」が残るが、象徴(メタファー)として読むと面白いという合意が形成されていった。

  • リトル・ピープル/空気さなぎ/教団を、信仰・洗脳・見えない権力・社会に潜む通念/イデオロギーの象徴としてみる読み。

  • 存在と意識の話(「意識されることで存在するもの」=神・信仰・通念)に接続し、「直接言わないからこそ余白が生まれ、議論が増える」=文学としての価値、という着地。


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この記事で掲載した引用は、Glaspの機能を使ってエクスポートしています。Kindleのハイライトをエクスポートすることに興味がある方は、以下の記事をご覧ください。

また、この本のトップハイライトは以下のリンクよりご覧ください。

1Q84(BOOK1~3)合本版(新潮文庫)

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