「太陽のせいで人を殺した」不条理文学の最高傑作|カミュ『異邦人』
「今日、ママンが死んだ。それとも昨日だったか、わからない」。世界文学史上もっとも有名な書き出しのひとつです。この一文に漂う温度の低さが、すでにムルソーという人物のすべてを語っています。
今回取り上げたのは、アルベール・カミュが1942年に発表した『異邦人』です。フランス領アルジェリアを舞台に、感情を持たないように見える男・ムルソーが、ある些細な理由でアラブ人を射殺し、死刑を宣告されるまでを描きます。「太陽が眩しかったから」という殺人の動機は、不条理文学という言葉を世界に定着させました。
輪読会では、時代背景の知識なしに読んだメンバーも多く、「よくわからなかったけれど、どこか共感できる部分があった」という声が重なりました。その「よくわからなさ」こそが、この作品の核心に触れているのかもしれません。
この本を読むべき人
不条理文学・実存主義に興味がある人
社会の「当たり前」に違和感を覚えたことがある人
短いけれど重い文学作品に挑戦したい人
宗教・道徳・価値観の押し付けについて考えたい人
著者プロフィール: カミュ
アルジェリア生れ。フランス人入植者の父が幼時に戦死、不自由な子供時代を送る。高等中学(リセ)の師の影響で文学に目覚める。アルジェ大学卒業後、新聞記者となり、第2次大戦時は反戦記事を書き活躍。またアマチュア劇団の活動に情熱を注ぐ。1942年『異邦人』が絶賛され、『ペスト』『カリギュラ』等で地位を固めるが、1951年『反抗的人間』を巡りサルトルと論争し、次第に孤立。以後、持病の肺病と闘いつつ、『転落』等を発表。1957年ノーベル文学賞受賞。1960年1月パリ近郊において交通事故で死亡。
輪読会で議論したこと
ムルソーは異常者なのか、それとも正直者なのか
ムルソーは母の死に泣かず、翌日海水浴に行き、女性と関係を持ち、笑える映画を楽しみます。裁判でこれらの行動がことごとく「人間性の欠如」として断罪されていきます。しかし輪読会では「むしろムルソーは恐ろしく正直な人ではないか」という話になりました。
神を信じるか?と問われた彼は「信じない」と答える。死刑の前に司祭が来ても、神の赦しより自分の感覚の方が真実だと言う。宗教、貨幣の価値、ビットコイン……人間が「勝手に信じているもの」すべてに対して、ムルソーは「それが自分には何の意味もない」というスタンスを一貫しています。それを「異常」と呼ぶのか「正直」と呼ぶのかは、見る側の価値観次第です。
裁かれたのは殺人ではなく「ズレ」だった
作品の中で最も印象的な構造は、裁判の場面です。本来ならアラブ人を射殺した行為が裁かれるはずが、気づくとムルソーの「人間性」そのものが裁かれています。母の葬儀でなぜ泣かなかったのか、なぜ翌日映画を見たのか。殺人の動機より、社会的な振る舞いのズレが問題にされていく。
輪読会では「これって現代でも起きていること」という話になりました。裁判の場でも、SNSでも、組織の中でも、人は「内容」より「態度」や「見た目」で判断されることがある。ムルソーが死刑になるのは、殺人を犯したからだけでなく、社会の物差しで測れない存在だったからでもある。その不条理が、1942年のアルジェリアから現代の読者にも届いてくる理由だと思います。
「ママン」の死が止めた時間
輪読会で出た解釈のひとつが、「母の死以降、ムルソーの時間が止まっている」というものでした。母が死んで以来、ムルソーはどこか空虚なまま流れていく。目的もなく、感情の起伏もなく、ただ目の前のことに反応し続けます。彼が「異邦人」になったのは生まれつきではなく、何かが失われたあとの状態なのかもしれない。
最後に死刑を前にして聴衆の憎悪を望むというムルソーの言葉も、この文脈で読むと少し違って見えます。空虚なまま死ぬのではなく、せめて「何かを感じる」最後の瞬間を求めているように読めなくもない。そこに奇妙な切なさがあります。
感想
最後に死刑で終わるというのは、よくあるパターンなのかなと思った。
『赤と黒』も、自称優秀な青年が最後死刑で終わる。
殺人をしても、どこか他人事というか、ちょっと主人公が何を考えているのかがわからなかった。
モヤモヤする作品。
母が死んでから、人格が崩壊?過去に生きている感じ?
死刑を告げられても、絶望する訳でもなく、神に助けを求める訳でもない。
それ以降、自分の心臓が止まることが信じられないとは言うものの、生に対する執着などがある訳でもない。
何か大事なものが無くなっている感じがした。
最後に自分が死刑になる時に、聴衆が憎悪を示すことが望みという、最後の文章が共感できなかった。
歪んでいると感じた。
そこに自分の生を見つけようとすることがわからない。
母が死んでから、悲しくないと嘘吹き、空虚なまま殺人まで起こす。
しかし、自分の時間は母が死んでいるところで止まっており、それ以降は何をしても空虚なまま進んでいく。
殺人しても、裁判にかけられても、死刑を告げられても、どこかに自分じゃない自分がいて、目的もなく、訳もなく、時間が過ぎて行く。
世の中の不条理を説いている。
キリスト教や実存主義、共産主義など、世の中の思想を全て否定している。
その人物こそ、異邦人である。
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