貧農出身で世界的医学者へ|野口英世の実像を描く『遠き落日』
教科書では偉人として語られる野口英世。しかし渡辺淳一が描く『遠き落日』の野口は、とんでもない借金魔であり、嘘つきであり、見栄っ張りであり、そしてそれらすべてを圧倒的なバイタリティで「誠」に変えていった怪物だった。千円札の顔を見るたびに笑ってしまう、そんな読後感を残す、傑作評伝。
📖 この本を読むべき人
偉人の「人間臭い」実像を知りたい人
コンプレックスをエネルギーに変える生き方に興味がある人
型破りな人物の伝記が好きな人
著者プロフィール: 渡辺 淳一
1933年北海道生まれ。札幌医科大学卒。整形外科医ののち、『光と影』で直木賞受賞。‘80年『遠き落日』『長崎ロシア遊女館』で吉川栄治文学賞を受賞。作品は、医学を題材としたものから、歴史、伝記的小説、男と女の本質に迫る恋愛小説と多彩で、医学的な人間認識をもとに華麗な現代ロマンを描く作家として、文壇の第一線で活躍。国民的なベストセラーとなった『失楽園』『愛の流刑地』のほか、『孤舟』『天上紅蓮』『愛ふたたび』など多数の著書がある
感想
全体を通してみると、すごい人だったという感想。
こんな奴いない。
なぜ、1800年代の猪苗代にこんな人物が生まれ育ったのか?
同郷出身として、皆が思う英世像には誇りを感じるけど、やばい一面を知れば知るほど、評価が分かれると思う。
幼少期
左手の怪我でみんなにバカにされるやつ。
秀才。
母の決断で、上級の学校に通うことに。手を怪我しているから、農作業はできないだろう。勉学の道でなんとかしろというのは英断だと思う。ここにきて、左手の怪我にも意味はあったのだと思う。
ただ、大人の時はやばい面が目立ったが、幼少期は全然そんな描写がない。いつからこうなったのか。
悪い面を見ると、両津勘吉みたいなやつ。
やばいやつ。
地元の英雄とされていた者がこんな人だったとはと思ってしまった。
確かに貧乏育ち、左手に怪我を負うというのは大きなディスアドバンテージだとは思うが、それを考慮したとしても、性格がやばいと思う。
特に借金周りと金遣いの荒さ。
こういうのって社会的にそういう役割を求められていたり、そうあるべきって言われていたのかな。
金を使う時に使った後のことは考えられないのか。気が大きくなって使ってしまうとあるけど、毎回同じ失敗をしているわけだし、どこかで学んでも良いものだと思うが。
性格・行動
バイタリティがえぐい。
自己顕示欲・成功欲がとにかく凄くて、それに支配された一生だったのだと思う。
やっぱり小さい頃に大きなコンプレックスを抱えてしまうと、こういう人生になってしまうのかなと。ただ、そのコンプレックスが無ければ、おそらく世界的な学者である野口英世は生まれていないと思うので、何ともなところはある。
前に「家庭環境・親との関係が良かったら、起業家になっていたと思う?」と質問されたのが印象に残っていて、それを思い出した。
自分が本当に好きなことをやっていたのかどうかはわからない。出世のための道具として、医学・細菌学を使ったという印象。細菌学というのも、当時流行り始めており、成功の可能性が高かったのだろう。
なので、好きなことを追求すると結果が着いてくるみたいなタイプではないのかなと思った。
たまたま医学の道に進んだが、他の分野に興味はなかったのだろうか。商売の道に進んで、大金持ちになるという道もあったとは思うが。
粘り強さもすごい感じる。絶対に失敗させない。成功するまでやるというか。
海外に行くとナショナリストになる人が多い。
家族
父親は頭はよかったが小心者で、百姓には向いていない。酒浸りで、借金魔。
母は負けん気が強くて、粘り強い。
出会い
血脇守之助
毎回とんでもないスポンサー。この人がいなかったら、間違いなく英世は成功していなかっただろう。
英世が守之助に病院を譲り受けてもらって、経営したら良いと進言したのは驚いた。発想力がすごいし、それを本人に言ってしまうのもすごい。
小林栄
英世の才能を見抜く。
アメリカに行く時に、お金を人に頼らずに、自分でなんとかしろと言ったのは素晴らしい。結局、英世は人に頼ったが。
フレクスナー教授。
この人もすごい。単身渡米したただの通訳を紹介している。まあ、あまりにも不憫だったからだとは思うが。
死
最後はガーナのアクラで黄熱病にかかって亡くなる。
自分が克服したと信じていた黄熱病。
自分が本当に好きなものを追求していて、その結果、亡くなるというのであれば、まだ本望だったのかなとは思うが、おそらく英世はそうではないのかなと思うので、残念だと思う。
自分の論文・実績が反論される、間違っていると言われているから、反論しに行く、自分の名誉のために行った印象がある。
輪読会で議論したこと
コンプレックスは人生を支配するのか
野口英世を動かした原動力は何だったのか。左手の火傷、百姓出身という出自、東京帝国大学への劣等感、幼少期に刻まれたコンプレックスがこの人の全てを決定づけたように見える。出世のための道具として医学を選び、細菌学を選び、アメリカを選んだ。純粋に好きだからやっていたタイプではなく、「見返してやる」が出発点。
ただ、途中から好きになった可能性はある。やった後で実際に面白くなっていったかもしれない。でも始まりは確実にコンプレックスだし、最後のアフリカ行きも、研究を否定されたことへの反骨で行っている。名誉のためなのか人類のためなのか、本人にすら分からなかったのではないか。幼少期に大きなコンプレックスを抱えると、残りの人生がそれに支配される。野口はその典型例かもしれない。
嘘から出た誠 - 詐欺師と偉人の紙一重
「嘘から出た誠」が全員の共通認識だった。大きなことを言い、借金をし、その嘘を本当にするために命がけで動く。受動的に追い込まれて、そこから這い上がるパターンの繰り返し。自分が言った自慢を本当にするために必死に動いた結果、世界的学者になった。
世の中にこういう人は実は多い。似たようなことをしている人はいるが、大半は捕まるか、締め上げられるか、豚箱に行く。確率論的に、この人物がここまで行ったのは奇跡。ネズミ講のトップとの違いは、実際に研究成果(当時の基準では)を出せたこと。才能がなければただのやべー奴で終わっていた。
借金は借りた方が強くなる
全体の4割くらいはただお金を借りている場面。「一生のお願いです」が手紙に20回は出てくる。しかも返さない。理由をつけて返さないから、誰にどんな嘘をついたかを覚えておかなければいけない。
ここでスタートアップとの類似性が話題になった。借金は借りれば借りるほど借りた方が強くなる。ソフトバンクの孫正義も同じで、調達しまくれば「この会社を潰すわけにはいかない」とLPが追加出資する。ファウンダーが潰れそうになると、投資した側が他の投資家を集めてくる。貸した側がもう引けなくなるメカニズム。野口英世は100年以上前にこの構造を(意図せず)実践していた。
同郷メンバーからの証言も印象的だった。福島県の人は全員遠足で野口英世記念館に行く。「ここが英世が落ちた囲炉裏だよ」と教わる。しかしこんな破天荒な一面は全く知らされない。地元の英雄が実はこういう人だったと知れたのは良かった。
スポンサーの愛と狂気
毎回とんでもないスポンサーが現れる。小林栄先生は野口の才能を見抜いてサポートし、「アメリカに行くときは人に頼らず自分で何とかしろ」と言った(結局200円もらって1日で使い切るのだが)。血脇守之助は病院を差し出し、自分の給料まで出した。フレクスナー教授は、ただの通訳として現れた見知らぬ日本人を研究所に引っ張り込んだ。
フレクスナー教授は当時ビビったはずだ。手紙もろくにない時代に、日本から何の研究実績もない、ちょっと頭のネジが飛んでいる男が突然現れた。それでも受け入れた。周りの人の愛がすごい、いや、愛なのかちょっとおかしくなっちゃってるのか分からないけれど。
科学者としての評価 - 細菌からウイルスへの転換点
野口英世は細菌学者として有名だが、実際の医学的成果はほとんど残っていない。「俺が見たから正しい」は感情論であって科学ではない。再現性が取れないと小保方さんのようなことになる。
ただ、時代の文脈で見ると、細菌からウイルスという電子レベルの存在に移行するフェーズの犠牲者とも言える。まだウイルスという概念が確立していない時代に、細菌として研究し続けた。結果的に「何かおかしいんじゃないか」「再現が取れないぞ」と言う研究者が現れ、もっと微小な存在があるんじゃないかという発見につながった。科学の進歩に必要な過程の一部だったと見れば、一つの意味のある生き方だった。
生き方の幅を広げてくれる本
この本を現代の日本人が読む価値は大きい。日本に帰ると感じるのは、学歴偏重主義の強さと、見えないレールの存在。そのレールに沿って歩くことでアイデンティティを確認している人が多い中、1800年代の猪苗代で生まれた男が、誰よりもわけの分からない動き方をして突き抜けた。リープフロッグどころの騒ぎではない。
悪用されるリスクもあるが、こういう先人がいたと知ることで、生き方の視点が広がる人は確実にいる。特に追い詰められている人、会社が潰れそうな人、野口英世という前例を知れば「こんなやつがいたんだ」と少し救われるかもしれない。ただし、才能と努力のバイタリティがあったからこそ周りも許した。これなしだとただのやべー奴である。
引用
上巻
「午後の休みに、そのことをきいた男がいたのです。そうしたらドクター野口は、冗談か本気か、 俺は新しい土地に行く時間が、語学の勉強に丁度いい。今度もニューヨークからメリダにくるまでで、スペイン語を全部マスターできた、といって笑っていました」
大体、野口英世は金づかいの荒い人であった。後年、結婚するという約束で、某女からもらった二百円の大金を、友人全員をひき連れて横浜の一流料亭で遊び明かし、一晩でつかいきったこともある。生い立ちの貧しさからは想像もできない贅沢である。
下巻
「人間というのは、四十までになんとかしなければ駄目だ。創造力も体力も若いうちのほうが秀れている。一応の仕事をする人は、みな四十までにある程度のところまではやっている。俺はいま三十一だが、四十まであと九年しかない。時間なぞはすぐ経ってしまう。俺達が話しているいまの時間も、世界のどこかで誰かが新しい研究をして発表しているかもしれない。休んでいるとすぐ追い抜かれてしまう。それを思ったら眠ってなどいられない。ぼんやりなにも考えず、手足も動かさず寝ているなんてもったいないことだ」
この年、二月十日、日本はロシヤに対して宣戦布告をした。 北欧圈にあって、ロシヤと密接な関係にあったデンマークでも、このニュースはいち早く知らされ、人々は戦の進展について論じ合った。外国生活が長くなるにつれナショナリストになっていった英世は当然無関心ではいられない。このとき、英世が血脇守之助に送った手紙には、当時のヨーロッパの様子がよくでている。
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