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「自分」などというものは存在しない。マーク・トウェイン『人間とは何か』が突きつける不快な真実

「人間は機械にすぎない」。そう断言する老人と、それに反発する青年の対話形式で書かれたこの書は、マーク・トウェインが長女と次女を亡くし、妻が重病を患った晩年に書き上げた問題作だ。自由意志は存在しない。創造などというものはない。人間の行動はすべて、自己の精神的満足を求めるという唯一の動機によって支配されている。そう繰り返す老人の言葉は、最初は読者をひどくイライラさせる。しかし読み終えた後、その不快感ごと「これはある種の真実かもしれない」と感じる人が続出する、不思議な本でもある。

今回の輪読会では、心の独立性とは何か、自由意志は本当に存在しないのか、想像とはただの組み合わせに過ぎないのか、そして人間と動物・機械の違いはどこにあるのか、という哲学的な問いを巡って、過去最も白熱したディスカッションが展開されました。


この本を読むべき人

  • 「自分らしさ」や「自由意志」を信じているが、その根拠を問われると答えられない人

  • 人間の行動原理を根本から問い直してみたい人

  • 自分の哲学や価値観を「雨漏り」せずに進化させていきたい人

著者プロフィール: マーク・トウェイン
マーク・トウェイン(Mark Twain、本名:サミュエル・ラングホーン・クレメンズ(Samuel Langhorne Clemens)、1835年11月30日 - 1910年4月21日)は、アメリカ合衆国の著作家、小説家。ミズーリ州出身。『トム・ソーヤーの冒険』の著者として知られ、数多くの小説やエッセーを発表、世界中で講演活動を行うなど、当時最も人気のある著名人の一人であった。ユーモアと社会風刺に富んだ作品で知られる。

マーク・トウェイン - Wikipedia

輪読会で議論したこと

心は人間から独立しているのか

本書でもっとも参加者の議論を呼んだのがこの問いでした。老人は「心は人間から独立している。心を支配することはできない。主人は心であり、君ではない」と繰り返します。この主張に対して、参加者の間では「感覚的には分かる」という意見と「本当にそうなのか」という疑問が入り混じりました。集中しようとしているのになぜか関係ないことを思い出してしまう。あんなことを言うつもりじゃなかったのになぜか言ってしまった。そういう経験は確かにある。一方で、「完全に独立しているというよりも、部分的にはコントロールできているし、状況によってはみ出たりはみ出なかったりするのではないか」という見方も出ました。

そこから生まれた仮説が「自分の意思と心が求めているものがたまたま一致したとき、自分がコントロールできたと錯覚しているだけで、実質は独立している」というものです。感情の流れを川の流れに例えるなら、せき止めることはできないが、環境を変えることで流れる方向は変えられるかもしれない。その「環境を主体的に変える行為」をコントロールと呼べるかどうか、という問いは最後まで答えが出ませんでした。

自由意志は存在するのか。そして人間の「主人」は何か

老人は「自由意志は一切ない」と断言します。人間の行動はすべて、気質と外部からの教育・影響の積み重ねによって決まるのであり、そこに純粋な自分の意思決定など存在しない、というのが本書の核心的な主張です。ここに対して参加者から「そもそも自分の定義がずれているのではないか」という鋭い反論が出ました。外部的影響を一切受けない純度100%の自分だけが「自分」であるという定義に立てば、確かに自由意志はないかもしれない。しかし外部的影響を受けながらも、自分というフィルターを通して蓄積されたものこそが「自分」だと定義するなら、その唯一無二の存在による意思決定には、ある種の独自性があるのではないか。

また「人間にとっての主人は何か」という問いも出ました。本書では気質と、外部影響によって形成された思考体系の二つが人間の「主人」にあたると読めます。気質は生来のもので変わらないが、教育や経験によって形成される部分は変化していく。この固定的な部分と可変的な部分の組み合わせが、そのときどきの「その人らしさ」を形成しているのではないか、という見方に着地しました。

想像とはただの組み合わせに過ぎないのか

「シェイクスピアは何も創造していない。ただ正確に観察して描き出しただけだ」という老人の台詞は、輪読会で最も議論を呼んだ箇所のひとつでした。人間はただ外部からのインプットを知覚し、それを自動的に結合する機械にすぎないというこの論理に対して、参加者は素直に納得できませんでした。AとBを組み合わせてCを作ることは想像ではないのか。言語の表面的な意味だけでなく、その文脈や背景を読み取って別の場面に応用する能力は想像ではないのか。しかしそれに対する老人の答えはおそらく「すべては外部的影響の積み重ねによるもの」というものでしょう。結局のところ、想像の定義をどこに置くかという問いに帰着し、「この本が言う想像とは、文字通り何もないところから生み出すことであり、私たちが日常的に想像と呼んでいるものとは定義が異なる」という解釈でいったん落ち着きました。

自己満足こそが表現者の本質、という読み方

本書の中に「まず己れ自身のために善行をなせ、すれば隣人も必ずその結果たる恩恵に浴する」という一節があります。一見すると利己主義的なこの言葉が、参加者のひとりに「表現者の本質だ」と受け取られたのが印象的でした。画家は自己満足のためにキャンバスに向かい、起業家は自己満足のために事業を作る。その突き詰めた自己満足が、結果として世界の幸福へとつながっていく。アドラー心理学の「幸福とは貢献感」という定義とも、後世最大遺物の精神とも響き合うこの読み方は、この本をペシミズムの書ではなく、行動的なペシミズムの書として捉え直す視点を与えてくれました。

哲学することの罠。「雨漏りを防ぐことに余生を費やす」問題

本書は「真理を追求した末にある考えに行き着いた者は、その後の余生をその雨漏りを防ぐことに費やす」とも指摘します。自分の哲学を形成してしまうと、それを正当化するために反例を潰すことに時間を費やしてしまう。この指摘は参加者全員に刺さりました。本書を読んでいる最中、自分の哲学に都合の悪い箇所を探して反論しようとしている自分に気づいた、という声もありました。哲学は行き着くものではなく、常に更新し続ける姿勢そのものだという考え方とセットで受け取ることで、この罠を意識しながら前進するための戒めとして機能するように思います。


感想

最初は読んでいてひどくイライラする本です。「人間は機械にすぎない」「自由意志など存在しない」「想像など何もしていない」という老人の断言を、根拠が薄いまま「事実」と称して積み重ねる論法には、確かに哲学的な厳密さを欠く部分があります。それでも読み終えた後に不思議と「これはある種の真実かもしれない」と感じてしまうのは、日常の経験がそれを裏付けてしまうからでしょう。なぜか同じ人間に惹かれてしまう。なぜか同じ失敗を繰り返してしまう。そういった経験の積み重ねが、老人の言葉に奇妙なリアリティを与えます。

この本が最終的に伝えようとしているのは、「だから人間は無力だ」ということではなく、「だからこそ教育と環境が重要だ」ということだと思います。外部的な影響によって人間が形成されるのなら、自分が身を置く環境を選び、受け取るインプットを選ぶことには大きな意味があります。この本を読んで「良い外的影響を自分に与え続けよう」と思えるなら、それは十分に行動的な読み方です。マーク・トウェイン自身も、人間機械論という「真理に行き着いた」としながら、この哲学的随筆を書き残すことで後世へと影響を与えようとしていた。それ自体が、想像と行動の証明のように感じました。


引用

人間もまた非人格的な機関にすぎん。人間が何かってことは、すべてそのつくりと、そしてまた、遺伝性、生息地、交際関係等々、その上に齎らされる外的力の結果なんだ。

要するにそれは無数の書物、無数の会話、そしてまた何百年間というかな、祖先たちの心、頭脳から流れ出して、君の心、頭脳に注ぎ込んだ思想、感情の流、それらからただ無意識に集めこんだ思想の断片、印象の断片、感情の断片、そういったガラクタ群の集積にしかすぎないんだからな。君個人としちゃ、なんにも創造なんかしてやしない。

揺籃から墓場まで、人間って奴の行動ってのは、終始一貫、絶対にこの唯一最大の動機、すなわち、まず自分自身の安心感、心の慰めを求めるという以外には、絶対にありえんのだ。

義務ってのはね、なにも義務だからやるってもんじゃない。それを怠ることが、その人間を不安にさせるからやるにすぎん。

まず己れ自身のために善行をなせ、すれば隣人もまた必ずその結果たる恩恵に浴するわけなんだから。

心って奴はな、人間からは独立してるんだよ。心を支配するなんて、そんなことのできるはずがない。心って奴は、自分の好き勝手で自由に動くものなんだな。

本能」なんていうその無意味な言葉、要するに、それは石化した思考ってことにすぎんと思うな。習慣によって固形化し、生命はすでに失われたとでもいうか、かつては生き生きとしてた思考が、いつのまにか無意識になっちまった。

人間はただ知覚するだけの動物。知覚されたものを自動的に結合するのは、つまり、その頭脳という機械なんだな。それだけの話さ。

自由意志ってものに関する、あなたのお考えはどうなんです? 老人 そんなものは一切ない、ってことだな。

人間というのは、他人の基準を批判検討するとき、必ず下を見る。上を向いて検討しなければならぬような基準は、決して見ようとしないのである。


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人間とは何か (岩波文庫)


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