【連載】覇権のOS:飛鳥の叛逆者 -リベリオン- 《その③》 feat. 聖徳太子 - 「大和OS:飛鳥」 は未完の大器⁉︎ - from ロマン派史説
前々回 前回 と
飛鳥時代の幕開けを特集しとるけど
どうやったやろか?
丁未の乱では
物部守屋という武人が
信念を貫いて
散った
そして
崇峻天皇暗殺
日本史上唯一の天皇暗殺事件
蘇我馬子は
権力欲にまみれた独裁者やったんやろか?
その可能性は
否定できへんけど
一方で
そうじゃない可能性も
否定できへん
関係者たちのリスクと利益を
整理してみたら
それぞれの
合理的な選択が見えて来た
蘇我馬子もまた
一族の為に『選択』しただけかも知れん
そして
今回着目するんは
この群像劇にあって
目立った動きが少なかった聖徳太子や
かの戦乱と天皇暗殺の舞台裏で
太子は何をしとったんか?
史実によれば
何もしてへん
という事実しか出て来ぇへん
しかし
崇峻天皇暗殺事件から
わずか5ヶ月後
19歳という若さで
摂政という国政の頂点に立つことになる
これは
何かしらの物語が
背景にあるとしか考えられへん
今回
その謎に挑む
そして
飛鳥の叛逆者という
タイトルに込めた狙いについても
今回の話で
お伝えしようと思っとる
丁未の乱を軸にした
数十年に渡る群像劇が終幕に至り
大和OS:飛鳥 の開発が
遂に本格始動する物語をお伝えする
▼この記事を1枚にまとめると

✦ ✦ ✦
第一章:
摂政 聖徳太子

崇峻天皇が暗殺された後
推古天皇が即位
日本史上初の女帝やった
そして
推古天皇元年
593年
推古天皇の甥である厩戸皇子
後の聖徳太子が19歳で摂政に就任する
摂政とは
天皇に代わって政務を執る
最高位の役職や
つまり
天皇を代理出来る聖徳太子は
天皇と同等の権限を持つ
こうして
聖徳太子は
歴史の表舞台に立つことになった
最大の理解者であり
最大の協力者は蘇我馬子であった
丁未の乱
崇峻天皇暗殺
激動を乗り越えてきた
馬子と太子
若き太子は
馬子と二人三脚で新しい国づくりを始める
ここから
教科書でおなじみの大活躍が始まる😁

◆ 聖徳太子 の 偉業年表
===================
593年 推古天皇の摂政に就任
593年 四天王寺を建立
600年 第一回遣隋使を派遣
603年 冠位十二階を制定
604年 十七条憲法を制定
607年 小野妹子を遣隋使として派遣
「日出づる処の天子〜」の国書
607年 法隆寺を建立
620年 馬子と共に『天皇記』『国記』を編纂
摂政就任から
わずか30年足らずで
制度設計
外交施策
仏教普及
次々と
前例なき成果を打ち出す
みんながよく聞いたことがある
聖徳太子の物語や
✦ ✦ ✦
第二章:
Code Name ASUKA

聖徳太子の
数ある偉業の中で
特に革命的な偉業とされる
二つの実績
・冠位十二階の制定
・十七条憲法の制定
どう?
学生時代が懐かしい人も多いんちゃう?
有名すぎる実績
まず
冠位十二階(603年 制定)
これまでの大和OSでは
氏族の血統で地位が決まる仕組みやった
物部の家に生まれたら
軍事を担う
蘇我の家に生まれたら
戦略を担う
生まれた瞬間に
役割が決まる世襲政治の時代に
太子はその仕組みを
ちゃぶ台の様に思いっきりひっくり返した
冠位十二階は
個人の能力や功績で地位を与える仕組みや
現代では
当たり前の考え方
家柄ではなく
個人のパフォーマンスで役割と地位を獲得する
しかし
当時としては
めちゃくちゃ革新的な制度や
大和OS ver.2.0
で見つかっていたバグ
実力より生まれで役割が決まる
という不具合を
根本から改善することを目的とした
修正プログラムや
そして
十七条憲法(604年制定)
「和を以て貴しと為す」
あまりにも有名なこのフレーズは
十七条憲法の第一条やねん
因みにこれ
単なる道徳的な訓戒ではない
豪族たちの「私利私欲」を戒め
天皇を中心とした「統一された組織」を
作るための「憲法」
つまり
組織論の改革を
第一条で最初に定義してんねん
飛鳥の叛逆者 -リベリオン- シリーズ
《その①》で語った
「思想の違いは組織を強くする。
せやけど私怨は組織を壊す」
若き日の太子は
傍から見ていることしか出来なかったが
当然
思うところはあったはずや
十七条憲法は
その時の教訓を国家レベルのルールとして
再定義&明文化したもんちゃうか?
冠位十二階により
評価制度を刷新することによって
人事制度を根本から改革
十七条憲法によって
マネジメントポリシーを再定義し
組織運営も根底から改革
これにより
Ver 2.0 までマイナーチェンジしていた
大和OSは
大型アップデートを伴い
大和OS《飛鳥》 Ver1.0へと革新した
ちょっとした
バグ修正のレベルではない革新
大和OS
Code Name ASUKA Ver1.0
飛鳥時代の幕を切って落として
最新型OSやった
✦ ✦ ✦
第三章:
事実と虚構と真実と

ここまで語ってきた
偉業の数々
冠位十二階、十七条憲法、
遣隋使、法隆寺……
たった一世代で
国家の制度を根本から作り変えた
冷静に考えて
こんなん一人の人間に出来る事か?
実は
この疑問
学術的にも
真剣に議論されとる
1999年
歴史学者 大山誠一教授が提唱した
聖徳太子虚構説
大山教授の主張は
こうや
厩戸王という
有力な皇族は間違いなくおった
しかし
摂政として
数々の偉業を成したとされる
聖徳太子という人物は
史料上
ほとんど確認できへん
冠位十二階と遣隋使の二つ以外は
全くの虚構やという
しかも
その二つも
中国側の記録(隋書)には
推古天皇の名前も
厩戸王の名前も出て来ぇへんのや
そもそも
摂政という役職自体
当時は存在しとらんかった
加えて
皇太子という
中国式の制度もこの時代には存在せん
つまり
「19歳の太子が摂政になり
国家を作り変えた」
という文章自体は
後世の創作であると言う主張や
とはいえ学会では
あまりに極端すぎるという意見や
十七条憲法や
冠位十二階の制定などに
厩戸王が全く関わってへんとは言えへん
との反論が多く出された
結論としては
流石に100%創作とは言えないが
超人的エピソードは盛られとるやろなぁ😅
という着地で
今のところは落ち着いとる様や
とは言え
誰かが脚本に手を加えたんは事実やと思う
誰が?
何のために?
僕らがよう知っとる聖徳太子像は
どうやって出来たんか?
次の章で
明らかにしていくで😁
✦ ✦ ✦
第四章:
叛逆の脚本家⁈

有名な聖徳太子という名前と
エピソードの数々は
どうやって
紡がれたんやろうか?
その答えを
これから明かしていくで😁
まず
この物語が記された
日本書紀が完成したのは720年や
厩戸王が亡くなったんは
622年
約100年後の話や
当時の事を
直接知っとる人間はおらん
そして
日本書紀の編纂に
深く関わったとされる人物に
藤原不比等(ふじわらのふひと)
という人物がおる
大化の改新で蘇我氏を滅ぼした
中臣鎌足(なかとみのかまたり)の息子や
となると
蘇我の権威をかき消す為に
聖徳太子という英雄を描いたんか?
という風に
考える事が出来ると思うねんけど、、、
確かに
その発想もあったやろうけど
実は前提として
押さえておくべき背景が二つあんねん
まず先に
驚きの事実をお伝えする
なんと
藤原不比等は
蘇我氏の末裔
蘇我娼子(そがのまさこ)を正妻としとる
つまり
父が殺害した政敵の血族を
一族に取り込んどる
これは
当時の複雑な政略結婚の構図を
物語っとるわけや
つまり
単純な蘇我憎しの感情で
脚本を演出したという話でも無さそうや
もっと
構造的な理由が他にありそうや
ほんで
もう一つ押さえておくべき事実がある
大化の改新を成功させた立役者
中臣鎌足の末裔であり
後に覇権を握ることになる
藤原氏とはいえ
672年
壬申の乱(じんしんのらん)の直後は
朝廷の中枢での政治的影響力は
驚くほど低かった
皇位継承権が争われた壬申の乱において
負け側に近かったからやねん
(激動の時代すぎる😅)
不比等も
下級官吏からスタートしとる
しかし
さすが覇王色の家系
組織が実力主義化していた事もあり
藤原不比等は
チート級の実務能力で頭角を現した
その後
娘を天皇に嫁がせる
という外戚政策をやってのける
これが凄いんは
皇族以外から初の皇后となった事や
つまり
藤原不比等は
史上初の天皇の義父なんよ
これにより
ゼロから権力を築く事が出来たんや😁
つまり
不比等の権力の源泉は
天皇家であるという点が見逃せない
もしも
「100年前の天皇の権威は
一豪族である蘇我に実権を握られ
傀儡となっていた」
と見なされたら
天皇の権威にとってはマイナスや
同時に
不比等自身の立場も揺らがせる
逆に
「天才的な皇子が摂政となり
強い国家を作り上げた」
という
物語やったら
皇室の権威は絶対的なものとして
認知される
そうする事で
藤原氏 = 天皇家と親戚
というブランディング価値が最大化する
つまり
不比等は
蘇我氏を貶めたかったのではなく
皇室の権威を
最大限に高めたかった
それこそが
動機であり脚本の目的やった
そもそも記紀の目的が
皇室の正当性を高めることやねんから
今風に言うと
会社のビジョンと
個人の目的が一致しとる状態やねん
そう考えたら
この件の解像度がぐっと上がらへん?
藤原不比等が
聖徳太子を神格化レベルで描いた訳が
実際問題
有力な学説の一つとして
冠位十二階も
十七条憲法も
遣隋使も
実は
蘇我馬子が主導したという説がある
天皇の権威を高めたい
不比等からしたら
そう言う風に取られるのは
良く無い
個人的には
組織的に改革を進めてたんやから
誰かに偏った手柄では無く
馬子も厩戸王も助け合ったんやと思う
(お互いウマが合ったんやろな😁)
恐らく
不比等もそう考えとったと思う
しかし
脚本家としての
不比等に対するスポンサーからの要望
天皇の権威と正当性を
対外的に知らしめる本を書くこと
な訳やし
自分の利害とも一致しとった
そして
恐らく功績は
馬子と厩戸王の協力の結果なんやったら
聖人 聖徳太子
という
馬子と厩戸王のええとこ取りの
キャラを立てて
数々の功績を神格化したら
色々と都合がええ
結果として
蘇我馬子としての
単独実績フラグが消えただけや
つまり
現代コンテンツ風に
聖徳太子というキャラを説明すると
原作には
出て来ぇへんねんけど
実写映画には
出てくるキャラみたいなもんや
作品としての
世界観と基本構造は変わらへん
日本書紀で言うと
書かれとる出来事自体は
本当にあった事
誰の手柄にするか?
という演出が調整されただけやねん
「記紀は演出はするけど
事実無根の捏造はせえへん
正当性を示す事が目的である以上
100%の創作は入っとらん」
というのが
僕の基本的な考えや
藤原不比等は
事実自体を捏造することなく
脚本を調整する事で
天皇の権威と正当性を最大化させた
ただ
それだけやねん
結果として
当時の特定の当事者に対しては
叛逆的に映るだけや
正義は立場ごとに違うねんから
よくある事やな
✦ ✦ ✦
第五章:
飛鳥の叛逆者

このシリーズの最後に
誰が「飛鳥の叛逆者」なのかを整理する
正直に言うと
最初にタイトルを決めて書き始めた時と
今この瞬間では
僕の中ではその答えは変わっとる😁
◆ 物部守屋(もののべのもりや)
先祖から引き継いだ
様々な伝統
古くからの神々
祖先が築いた外交
それらを守るため
変化に対して能動的に抵抗した男
保守タカ派であり
組織に不可欠なアンカーやった
しかし
視点を変えれば
新しい時代に叛逆したとも言える
◆ 蘇我馬子(そがのうまこ)
崇仏という
新しい価値観を持ち込み
物部氏を排除し
天皇をも暗殺した策士
旧体制を否定する事で
自らの力を増大させていった革命家
馬子が抗ったのは
特定の人物か?体制か?時代か?己か?
馬子の本当の動機は
彼にしか分からんのかも知らん
しかし
彼は間違いなく
飛鳥を代表するリベラルやった
◆ 藤原不比等(ふじわらのふひと)
皇室の権威と正当性を示すため
歴史と対峙した男
天皇をはじめとした
皇室の輝かしい物語を編纂する為に
演出として
複数人の実績を一人の聖人に集約し
結果として
父の仇敵の輪郭をぼかした脚本家
それは
史実に対する
世代を超えた叛逆と言えるかも知らん
一方で
推古天皇と厩戸王はどうか?
この二人は
あえて候補から外すことにした
なんでか?
推古天皇は
馬子と敵対する動機がそもそも薄かった
協調すれば
前例なき女帝となり
崇峻天皇のような末路も避けられる
攻めと守りを両立できる
協調路線を選択肢の中から選びとった
当時19歳の厩戸王も
馬子に対抗できる実力も派閥もまだない
協調こそが
合理的な選択やったはずや
つまり
この二人に関しては
能動的に何かに反旗を翻したわけやない
むしろ
権力構造のバランスと調和を保つ為の
消極的な同調やった
こうして対比すると
よくわかる
物部守屋
蘇我馬子
藤原不比等
この三人には
明確に共通点があると言える
自分の意志で
既存の物事に対して反旗を翻した
確かに
その叛逆のレイヤーはどれも異なる
スタンスも
それぞれの立場と意思で異なる
▼物部守屋
・守るための叛逆
・伝統への忠誠
▼蘇我馬子
・壊すための叛逆
・旧体制への反抗
▼藤原不比等
・未来を創るための叛逆
・歴史解釈の編纂
規模も方向性も全く違う
三つの「叛逆」が飛鳥に重なった事で
飛鳥時代に
目まぐるしい権力交代の連鎖が生まれ
その度に
叛逆者たちが
飛鳥OSをマイナーアップデートさせた
見方によっては
この激動の100年が
一連の大規模アップデートなんかも知らん
✦ ✦ ✦
最後に

飛鳥の叛逆者たちの協奏による
大規模アップデート
大和OS:飛鳥
いつもの様に
OS評価をしたい所やねんけど
ここで
大事な事実を伝えときたい
実は、、、
冠位十二階も
十七条憲法も
この時点では
まだ未完成のシステムやねん
どう言う事か?
十七条憲法の全国的な施行は
大化の改新(645年)よりも後の事や
つまり
603年から開発が開始された
大和OS:飛鳥 Ver.1.0
この時点では
まだ設計が終わった段階であって
未リリースやねん
そして
冠位十二階も
この後で試行錯誤を繰り返し
完成するのは
701年 大宝律令の成立時やねん
603年:冠位十二階
647年:冠位十三階
649年:冠位十九階
664年:冠位二十六階
685年:冠位四十八階
701年:官位相当制 ※完成形
つまり
リリース時点の冠位十二階は
試作版でしか無いねん
ほんで
100年の歳月をかけて
何度も改修を重ねてやっと完成した
因みに
官位相当制で定められた
位階制度の枠組みは現代でも使われとる
(そりゃ凄い🫢)
しかも
大宝律令を
起草した人物が誰かというと
藤原不比等やねん😁
つまり
大和OS:飛鳥 は
馬子と太子が初期プログラムを書き
《大和OS:飛鳥 Ver.1.0》
中臣鎌足が
バグ(蘇我氏一強体制)を修正し
《大和OS:飛鳥 Ver.2.0》
鎌足の息子である
藤原不比等が完成させた
《大和OS:飛鳥 Ver.3.0》
百年の開発リレー
一人の天才が作った仕組みではなく
世代を超えた共創やねん
せやから
大和OS:飛鳥 の評価は
バージョン推移を含めて別でやらせてな😎
というわけで
とりあえず
大和OS:飛鳥の完成まで
どんどん話を
進めさしてもらうでー!
よって
次回の「覇権のOS」は
大化の改新にフォーカスする
遂に
藤原氏が
歴史の表舞台に現れる
その第一幕
大化の改新とは何やったんか?
お楽しみに🔥
筆者:Khaosan
波乱万丈な人生はこちら
【次回記事】

飛鳥の終焉 -サンライズ- 《その①》
feat. 中臣鎌足
- 改革は暗殺の後で - from ロマン派史説
【付録】 まとめ資料
【Khaosanの舞台裏】
大学中退のバンドマンが、遅めの社会デビューから叩き上げて、マニラで散って、再生して、20年を越えるBiz-dev人生の修羅場を通じて《日本精神》に辿り着いた。
その真相と現代ビジネスに効く独自考察を高尾から発信してます!
そんな Khaosan の 波乱万丈な人生 とこれまでの 全考察記事一覧 は、このリンク先で包み隠さず大公開中やで 😁
✦ ✦ ✦
📝 この記事について
この記事は学術的な通説とは異なる点を多く含んでおります。あくまで一つの「妄想」として楽しんでもらえたら嬉しいです。
この記事は、AI戦略アシスタント「コマちゃん」との対話をベースに執筆しました。
Khaosan / 2026年7月
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