マイケル・ジャクソンの苦悩⑩:頑張って作ったものを否定されると、誰だって傷つく
ここまでのシリーズ記事では、マイケルの確信に満ちた言葉を紹介しながら、創造のプロセスやマイケルの観察プロセスについて考えてきました。
しかし、そうした力強い言葉が生まれるまでの過程には、マイケルですら戸惑いがあったようです。
マイケルは自伝『MOONWALK』の中で、アルバム『スリラー』の制作過程について語っています。そこでマイケルは、自分が作った曲を、プロデューサーであるクインシー・ジョーンズに促されるまで、なかなか披露できなかったことを明かしています。
Sometimes I have a song I've written that I really like and I just can't bring myself to present it. .......(中略).... because I'm afraid they won't like them and that's a painful experience.
(意訳)本当に気に入っている曲が書けた時ほど、制作チームに聴かせるのをためらってしまうことがある。もし気に入ってくれなかったら、とても傷つくからだ。
ここで注目したいのは、マイケルが「自分の曲に自信がなかった」と言っているわけではない、ということです。
自分が「これはいいぞ」「いい感じだ」と思っているものには、自分らしさが深く入り込んでいます。
たとえば、「この曲、いいよね」と友達に話して、相手の反応が薄い時ですら、私たちは少しがっかりします。ましてや、それが自分で作ったものであれば、なおさらです。
あまりいい反応が返ってこなかったり、気に入ってもらえなかったりした時、それはまるで、自分自身まで否定されたように感じてしまう。
だからこそ、人に見せるのが怖くなるのは当然です。
これは、マイケルのように芸術に携わる人たちだけが抱える恐れや不安ではありません。
私たちも、仕事の場面で同じような経験をしています。
報告書を書く。
企画書を書く。
提案書を書く。
プレゼン資料を作る。
これらには、あなたが観察し、考え、整理した、あなた自身の思考プロセスのすべてが、凝縮された形で詰まっています。見る人が見れば、あなたがどういう姿勢で取り組み、何を伝えようとしたかがすぐに分かってしまうものです。
だからこそ、それを否定されると、単に資料を直せばいいという話では済まないほど、心が乱れます。特に、その理由が分からない時には、自分の見方や考え方そのものまで雑に扱われたように感じ、傷ついてしまうのは当たり前です。
そして、回数を重ねるうちに、私たちはもう一つの現実にも直面します。
どれだけ丁寧に考えて作っても、見ようとしない人には伝わらない、という現実です。それにもまた、意気消沈することがあります。
後年のインタビューで、「今でもアルバムを発表するとき、”みんなはこのアルバムをどう思うだろう”と感じますか」と問われ、マイケルは次のように答えています。
Once they get into the world they’re on their own. So, it’s very exciting. I mean, you never get too used to it, ever.
(意訳)いったんアルバムを世の中に出してしまえば、もう自分がどうにかできるものではない。それはとてもワクワクすることだけれど、どれだけ経験しても、それに慣れきってしまうことは全然ない。
ここにも、作品を世に出すことの怖さと覚悟が表れているように思います。
マイケルですら、作り上げたものを世に出す時の不安に慣れることはなかった。そう知ると、私たちも、頑張って作ったものを否定されて傷つくことを、必要以上に恐れなくてもいいのかもしれません。
相手には、すぐ伝わらないかもしれない。すぐには理解されないかもしれない。それでも、傷つくことから自分を守りつつも、また作り続けていく。
そのために必要なのが、序章で紹介した「自分を信じて向き合う力。やり抜く力。それと、積み重ねる力。」だったのではないでしょうか。
(つづく)
