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D(ディオニソス)について「番外編」~悲劇とは何か「8月の王」


〇はじめに 神とはなにか、「あちら側」とは何か、悲劇とは何か


これまでディオニソスについて多く語ってきました。

内容が多岐にわたるので大抵の方は「よくわからない」と感じるかと思います。反対にいえばそれが神であることの証明といえます。

私の記事においては神とは「力(概念・プログラム)」のことであり、「あちら側(無意識)」から零れ落ちてきて意識下に欠片が認識されるようなものとしてお伝えしてきました。

零れ落ちた欠片は個体ごとの自我のカタチにあうように意味付けされて調整されるため、「こちら側」で神を解釈しようとしたときに内容が多岐に渡るようになる、ということです。

「あちら側」、「こちら側」などと言っても感覚的には上手くつかめない方が大半だとは思います。「あちら側」というのはどこか遠くにある世界ではなく、いつも「こちら側」のすぐ目の前にあるが自身は知覚できない世界ともいえます。

たとえば以前の記事で触れたようにニンゲンの感覚器官で知覚できる刺激(光)は実際にこの世界に満ちている光のごくごく狭い範囲であるわけですが、そのような限られた範囲の刺激の中でさらにニンゲンは個人的無意識によって限られた情報のみで自我を形成します。「認識」できるものを「こちら側」と呼び、認識できないものを「あちら側」と呼ぶ、と言えばわかりやすいでしょうか。

そしていくつかの記事で述べてきたように、ニンゲンが「あちら側」を認識できるようになるには、かなり心的負担がかかるような重みのある体験が必要になってきます。

「あちら側」などないのだ、というように言えることは幸せなことで、あちら側を認識できるようになるための「悲劇」を経験したことが無いか、もしくは忘却してしまった故の発言といえます。

そして「悲劇」こそ、ディオニソスを語るうえで欠かせない構成要素といえるのです。

その上で以下の動画の要約をさせていただきます。

〇三島由紀夫と「真夏の死」の解説


〇要約
 三島由紀夫の人生を、彼の作品「真夏の死」をメインに据えて解説していらっしゃいます。

 まず真夏の死が刊行されたのは1950年代、即ち1952年の日本の独立(という建前)や55年体制(自民党の成立)など本当の意味で戦後日本が始まった年代といえます。

 三島の発言には「言葉の記憶は、肉体の記憶にはるかに遡る」というものがある。多くの者は肉体があって言葉があるが、彼の場合はまず言葉があって肉体があるということで、他者や世界は記号でその解釈によって自身に認識されているということ。それは彼の幼少期の家庭環境によるもので、母のいない、祖母との暮らしで彼は「静かにしていること」をもとめられる環境。その中で肉体の「心地よい、悪い」の感覚で世界を認識するのでなく、言葉の記号的解釈で自身を納得させてから行動する、というように育っていった。彼は世界を理解するために、身を守るために言葉を急速に取り入れていき、5歳の頃には詩を書くようになっていた。
それは唯美的な誰もいない世界であった。

それでも彼は孤独ではなかった。
「私には一つだけ「我」という非常に孤独な主観が、「我ら」という共同性に繋がる細い筋があった」、かれはそう語っていた。
その細い筋とは「戦死」のことで、どれだけ主観的な世界に押し込められていても、当時の死のカタチにおいては「みんな」と「同じ」になれる(※「靖国で会おう」、というような「みたまさま」的(普遍無意識的)な世界で一つになれるというような捉え方もあるかと思います)。

また、三島は天皇陛下より学生として承認を受けるような優秀な青年だった。そのような人物が徹底的に孤独な世界を小説として描き、名誉の戦死を遂げる。これにより彼は伝説として「歴史」に抱きしめられる。
それによって彼は「みんな」と「同じ」世界に抱きしめられる、ということです。その中で彼は初めて孤独を乗り越えられる。

結果はご存じの通り、彼は死ねなかったのです

その後彼は小説を書いたが、終戦直後の焼け野原的時代と合わない作風で思うように売れず大蔵官僚として就職する。しかし、彼のアイデンティティは言葉の唯美的世界にしかなく、家に帰宅してはほとんど眠らずに小説を書く、というような生活をしていた。その負担により彼はある日倒れてしまい、それを契機に官僚を辞める。

そこで筆一本で食っていかなければならない彼は逃げ道をなくし、小説のスタイルの変更を余儀なくされる。

孤独で唯美的世界感から、その孤独(夜の世界)がどこからきているのか、その孤独(夜の世界)の中で閉じ込められている自分自身を描くようになっていく。

そのような彼に訪れた転機が、朝日新聞の特派員記者として北米からヨーロッパにかけて派遣されたことでした。

彼はその旅を「太陽と和解」したと表現します。

夜の世界が孤独で唯美的な言葉が先にある世界だとするなら、太陽の世界は「現実」、肉体の世界といえるでしょう。

契機の一つがハワイ沖で強い太陽の光を浴びたこと。そこで彼は人の身体に輪郭があることを初めて知る。

もう一つの契機がギリシャでアポロン象を見たこと(アポロン象とは古典主義そのもののこと)。彼はアポロンを通して古典主義の真理がわかる。
「これが私の光明。これが私の救いだ。」

そして彼は肉体を鍛えることでみんなと同じ身体を目指すようになる。
「鍛えても頭から角は生えず、鍛えても背中から羽が生えない」
(※動画内でも、「反対にいえば彼はそういった世界で生きていた」ということが語られていますが、これは非常に重要な視点で、言葉が先にある認識(世界)においては、ニンゲンはホントウに角が生え、羽が生えてくるのです)

そして冒頭の1950年代(1952年5月)彼は帰国、そして8月15日(終戦記念日とされる日)に「真夏の死」を書き終える。

つまり、ここでいう「真夏」とは彼にとっての「戦争」のことであり、またもっと普遍的な、神話的な視点でみるのであれば「あの頃」ということです(※例えばある人にとっての青春、ある人にとっての戦前、ある人にとっての高度経済成長期、ある人にとってのバブル経済期、ある人にとっての近代化以前、ある人にとっての縄文時代、ある人にとっての江戸時代、江戸時代の人々にとっての戦国時代の象徴たる武田信玄、ある人にとっての高天原、ある人にとっての出雲やアイヌ、琉球、ある人にとっての現実の延長戦にある夢、ある人にとっての眠りの中の夢、イデア、阿頼耶識、普遍的無意識、みたまさま)。

・真夏の死の要約と解釈
 主人公の朝子は家族で伊豆半島に旅行に行くが、そこで我が子二人と叔母の、家族3人をいっぺんに失う。
このような家族をいっぺんに失うような出来事は「戦争」の比喩であると考える。その事故から一人残された朝子とは、戦争で一人残された三島自身であると考える。
 その後朝子は夫とすれ違うようになっていく。夫が言うことを要約すると、「男には仕事がある、子どもを失ったことは悲しいがいつまでも感傷的にいても何にもならない」、ということ。
 この夫は戦後日本の比喩。米国追従的に高度経済成長にむかい、「あの戦争にいつまでも拘っているんじゃない」、と「もう高度成長は始まっているんだ、仕事をしろ」、と。
 そのような日々の中で朝子も次第に失った家族のことを忘れ、平和な日々に埋没していく。そしてときに、自分自身の忘れっぽさを恐ろしく思い、なんとかあの悲劇を忘れまいとしながらも、彼女は退屈の中で享楽すら欲し始める。


 2年後彼女と夫の間には新しい子が生まれていた。彼女はもう一度あの悲劇がおきた海岸に行きたいと強く思うようになる。
彼女は嫌がる夫をつれて一家で海に向かう。

 一家は放心したように海の彼方を見る。
 朝子は彼方から「何か」がやってくるのを待つように。
 夫はそれを聞かずともその「何か」がわかるような気がした。

その「何か」とは、「あの頃」一緒に死んでいくことができた、
「私たち」を繋いでいたもの、といえるでしょう。




そしてそれはもうない。

即ち「悲劇」とは、「あの頃」あった「何か」が今は損なわれてしまい取り戻せない、ということを指します。

この後語られているのは、言葉にならない「何か」を「悲劇」の重さそのままに表現しようとするのが古典主義(アポロン)で、また、この古典主義をイコール、「耐え忍ぶこと」と理解し、耐え忍ぶために肉体や文体を鍛えるのだと、一時の三島は考えていただろう、ということです。

その耐え忍ぶことから行動することにどう移り変わったか、
三島の苦しみと今現在の私たちが重なっている部分は何か、

そういったことが動画の後半で語られているので是非ご覧ください。

〇夏とは何か、夏の終わりとは何か


さて夏とは以前の記事でお伝えしたように、先祖たちが無意識領域を通って「こちら側」にやってくる季節です。

「夏」ですね。

夏はご先祖様が無意識領域を通って戻ってくる季節です。

あわてんぼうさんは一足先に「こちら」へやってきているようです。

神社で手を合わせたとき、

もしくはその晩、眠りについたユメの世界で「彼ら」に出会うことができるかもしれません。

そのとき是非とも「貝殻」をプレゼントしてあげてください。

きっと「彼ら」はそれを何よりも喜んでくれるでしょう。

「どこから」おとなとこども「どこまで」


これをお盆といい、特に旧暦のお盆、今の8月は「シンソウ」とも呼ばれる、みたまさまと「こちら側」が非常に近くなる季節です。

つまり「悲劇」が舞い戻る月だといえます。

なぜすでに「真夏の終わり」も過ぎたこの時期に、このような記事を投稿したかといえば、次の8月まで覚えておいていただきたいからです。
もしくは次の8月に思い出せるようにしていただきたいのです。

覆しの鍵をここでも授けます。

この世界には「覚えておく技術」、「思い出す技術」、「忘れる技術」というものがあります。

あなたの日常の中でそれらの「術」を上手く開発し、組み込むようにしてください。その鍵は成長し、後に他者に思い出させる術にまで発展しますから。

その訓練です。


記事の最後になりますが、ニーチェは「悲劇の誕生」の中で、「悲劇(ディオニソス)」を殺すのは「ソクラテス的楽観主義」であることを記しました。

それは「認識の快楽」とそこから派生する認識されて無いものに対する嫌悪と、認識されないものを存在しないとする楽観性のことです。

そこで人々は「悲劇」が最終的にもたらしうる、海の彼方からやってくる「何か」や、ハムレットが伝えるところの「なるようにしかならないさ」や、オイディプス王が伝えるところの「閉ざされることで開かれる直観機能」そういったものが知覚できなくなる。結果、以前はそれらを「音楽」で知覚できていた人々が目で見えるカタチで表現されなければわからなくなる。

その結果生じた現象が「デウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)」である、と。

↓機械仕掛けの神


このように神話が現象世界の設計図として何度も顕れうる、という発想を持っておくことで今後のシナリオを予測し、それも生きる上での判断の材料にするといいでしょう。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


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