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雑記16 ひるこ

"ひるこ"という神様をご存知でしょうか?

日本神話の国産みの段にてイザナギとイザナミが日本の国々を生み出す前に、生み出し方の手順を間違えてしまい五体不具で生まれてきた子として記述があります。

そして彼の神は「失敗作」として海に流されてしまうことも同様に記述されているのです。




むかしむかし、

誰かが大きな海を見て指をさしこう言った

「う」!

となりにいた別の者もたしかにそれが「う」だとかんずることができたので、それから海は両者の間で「う」と共有されるようになった。

そしてそれは他のものにも、たしかに「う」だとかんじることができたので海は「う」として広まっていった。



海を見て「う」だと、みな同様にかんずることができた体の感覚の共有が、私は不思議だと思う。

「う」という箱の中身が「海」であること

「海」という中身が「う」に在ること

それを人々がそうだと思えること

そうだと思えるのは何故だろうか?


それは「そういうもの」だから。

いつから「そういうもの」かはわかりません。

わからなくてもいいのだとすらいえます。

ずっと人々が「そうだ」、という肉体の感覚を共有してきた。肉体の感覚の積み重ねがその箱の中に込められているのです。


発する言葉のその中、
私が発する言葉があなたに入る
あなたの「世界」にそれが溶け込む

言葉の中ににいるのは誰?
あなたと私を繋げているのは誰なのだろう?

いつからそこにいたの?
いつもそこにいてくれたのだろうか?
いつも見ていてくれたの?

https://note.com/kinuzuka/n/n9a50d1d18811


言葉の中に先祖がいると、さまざまに表現をしてきましたがこれもまた同様のものです。


肉体の感覚が言葉の中身にあること。
それが昔から繋がれていること。
そうして社会が形成されていること。

だとしたら肉体の感覚はどこからきているのだろう?

あなたは誰かの肌に触れる
触れた感覚

触れた と 感覚

「と」

それは「あちら側」からの扉



スピリチュアルについてあなたはどう認識されているでしょうか?

個人により感じ方の異なる領域のお話なので、むしろ不快に感じる方も多いのではないかと察しますが、私には人の個別の意識が「何か」によって繋がれていることそれ自体がスピリチュアルのように思えてなりません。

そもそもスピリチュアルの語源ですが、たどっていくと「命」や「息」、「呼吸」となります。
「何か」とはそういったものなのかもしれません。


ところで話が少し変わりますが共有したい動画があります。


こういった内容も信じられない方はとことん信じられないものではありますが、ここでは真偽について触れたいのではありません。

動画中盤以降の紐の身体への結び方で体幹が変わってくるというものですが、実践している女性たちの反応に意識してみていただきたいのです。

とても楽しそうでしょう?
身体から笑いが込み上げてきていることがわかるのではないでしょうか?

身体の使い方を「思い出す」ことで「何か」が喜んでいるから。
だから笑いが込み上げてくるのです。

もし君がそんなふうに身体の使い方を思い出したとしたら、

手の使い方を思い出し
足の使い方を思い出して

口の使い方、耳の使い方、目の使い方

心臓の動かし方を思い出したとき

きっとあなたは生まれてきた意味を
その喜びを思い出すことができるでしょう


それがあなたの新しい誕生日です。


太陽の子ども(ひるこ)たちへ


お誕生日おめでとうございます







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