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母なるものから由来する「力」

日本人は湧き上がる「欲動」にご先祖さまを見出し、それに対してある時は石を掘り、ある時は木や花を植えて、あるときは社を建てて、それらに対して手を合わせて祈りを捧げ始めたのです。

https://note.com/kinuzuka/n/n37228acd9a2c#2f760a75-a7d1-458a-90ab-36854ab67d71

あの石像、あの祠、あの花に、あの木々から

呼びかけているのは誰?
いつからそこにいるの?
いつもそこにいたの?
いつも見ていてくれたのかな?



つまり言葉とは「箱」に「概念」を入れ込むことで構成されている、と考えます。

この「概念」こそ「言霊」と言えるのではないでしょうか。

https://note.com/kinuzuka/n/nea06755b54b9

箱に「何も無い」状態をnullと呼びます。

「認識されることで存在する」、という設定のこの世界においては、全ての人間が魂の海に還ることは、全ての箱がnullになることと同義なのでしょう。

https://note.com/kinuzuka/n/n4ad0dbfdc75c


たとえばあなたが階段を昇り、扉を開けて、椅子に座ったとして、

「愛」という箱には誰を組み込みますか?

(中略)

あなたの「認識」はいつかの誰かであり、

ゆっくりと進むことで「時」として舞い戻ってくるのです

https://note.com/kinuzuka/n/na5bd4dffbbb2


発する言葉のその中、
私が発する言葉があなたに入る
あなたの「世界」にそれが溶け込む

言葉の中ににいるのは誰?
あなたと私を繋げているのは誰なのだろう?

いつからそこにいたの?
いつもそこにいてくれたのだろうか?
いつも見ていてくれたの?




真の自由とは何か

それは、「あらゆるものが私という「装置」を通してあらゆるものに「成れる」ことを感覚にまで落とし込めていること」

このとき、「装置」という機械的な枠組みに自身を当てはめていることすら、自由への表現に変換できている

真の自由とは、縛るものを破壊することではない

https://note.com/kinuzuka/n/nf92db0c2780a?app_launch=false

自由と「自由」について

その始まりをどこにするかについては観測者の立ち位置によりますが、例えば西洋において自由は元々、信仰を裏付けに語られるものでした。

信仰について

私に関してはその「何か」を「信仰」と呼びます。

私とあなたが同じ気持ちかもしれないと

わかりあえるかもしれないと

そういう「宗教」です。

https://note.com/kinuzuka/n/n8973214f03b8


そこから解き放たれんとする「理性」すらも、信仰を基盤に持っていたのです。

認識は人間の福祉にたいし、信仰ほどの意義をもたない。一つの真理、例えば数学的真理の発見にあたってさえ、その欣びは絶対的な信頼の産物である、彼はその真理を信じ得るのである。人がもし信仰を有するのならば、真理なしでも済ますことができる。

「悲劇の誕生」ニーチェ全集2 (理想社)p379 ギリシア人の悲劇時代における哲学


私とあなたを繋いでいる「何か」
「世界」とあなたを繋いでいる「何か」
その裏付けになる「何か」をあらゆる文化があらゆるカタチで神と呼んできたのだ、
ともいえるかもしれません。

そしてその「何か」は母から由来するものだと、「世界」のいたるところにその「愛」が見出せるでしょう。

ママなんてものは、ほかのものみたいに、そうやすやすとなくなるものじゃないわ

トーベ・ヤンソン ムーミンパパ海へいく 


さてこの記事全体を通してお伝えしたいのは、先の内容でもお伝えしたように「人と人との関係性は非常に多面的である」、ということです。

しているようでさせられていたり、
されているようでさせていたり、

バラバラのようで同じだったり、
一つのようでいくつもの捉え方があったり、

良く見えるものが悪いものだったり、
悪く見えるものが良いものだったり、

それでも後から考えてみればやはり、
良いものは良いもので
悪いものは悪いものだったり、

それでもその時はそれを信じていたことを誇らしく思ったり
反対に後悔したり

そういった関係の多面性からどのように意味を抜き出してくるのかはあなた次第なのです。

そして、その多面性のすべてがホントウの「実態」としては一つなのです。

あなたは「良いおかあさん」と「悪いおかあさん」を統合できるかな?

これこそが日本民族共通の課題なのですから。

https://note.com/kinuzuka/n/n54dfdb7e8daf


母なるものの中で生かされるのか
母なるものを背負って生きぬくのか


ホントウの意味での大人になる「時」が来たのかもしれません。


それが母なるものの否定とイコールではないということも覚えておいてください。


ママを守れ


おだやかに

そして、夜の祝福あれ








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https://www.photo-ac.com/main/detail/34508025&title=カーネーションとプレゼント

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