作業療法士って、結局なにする人? 16年働いて、初めて正直に答えてみる
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「作業療法士です」
そう自己紹介すると、たいていの人はこう言う。
「ふーん」
それで会話は終わる。
忘れられないやり取りがある。妻の妹に初めて職業を伝えた時のことだ。妻は理学療法士なので、妻の妹も「リハビリの先生をしている人だ」ということは知っていた。だからスムーズに会話が進むと思っていた。
「作業療法士をしています」
そう言った瞬間、妹は「ふーん」と呟いた。一瞬の間があって、こう続いた。
「理学療法士とどう違うの?」
私は丁寧に説明した。でも、最後まで完全には伝わらなかった気がする。妹はうなずいてくれたけれど、その目には「分かったような、分からないような」という表情が浮かんでいた。
仕方ないんだ。本当にそう思う。身内の理学療法士の妹でも、こうなるんだから。
作業療法士として16年働いてきた。その間ずっと、この「ふーん」と向き合ってきた。
医療業界の中ではある程度知られている職業だ。でも一般の方からすると、認知度はかなり低い。「リハビリの人ね」程度の認識が大半だと思う。マッサージとかするんでしょ?と誤解されることもある。
今日は、そんな「ふーん」の壁を超えて、作業療法士という仕事の正体を、できるだけ正直に、できるだけ分かりやすく書いてみたい。
これからOTを目指す人にも、家族や知人にOTがいる人にも、純粋に「OTって何?」と気になっていた人にも。読み終わる頃には、「OTってこんな仕事なんだ」と少しでも輪郭が見えてもらえたら嬉しい。
一番シンプルに:理学療法士(PT)と作業療法士(OT)の違い
まず、一番よく聞かれる質問から答える。
リハビリ病院で例えると、こうだ。
理学療法士(PT)が扱うのは、人間の基本的な動作。 立つ、座る、歩く。身体の大きな動きを通じて、移動能力を回復させていく。
作業療法士(OT)が扱うのは、生活の動作。 食べる、着替える、歯磨きをする、顔を洗う、トイレに行って排泄する、お風呂に入る。日常生活そのものを取り戻すリハビリだ。
整形外科の分野では、もっと分かりやすく分かれている。
PTは足、OTは手。
太ももを骨折した人のリハビリはPT、手首を骨折した人のリハビリはOT。シンプルにそういう棲み分けだ。
なぜそうなっているか。
これは学校のカリキュラムの段階で住み分けがされているからだ。OTの授業では手の解剖、手の機能訓練、装具の作成などを中心に学ぶ。PTの授業では下肢の装具・歩行分析・運動療法を中心に学ぶ。基礎的な分野は国家試験の共通問題として共通だが、実技で扱う専門領域が最初から違う。
ちなみにOTは、手の装具を自分で作る。「カックアップスプリント」と呼ばれる手首を支える装具など、患者さんの手の形に合わせてゼロから作ることもある。これも一般の方には意外かもしれない。「装具って、業者から買うんじゃないの?」と思うだろう。違う。OTは作る。プラスチックの板を温めて、患者さんの手に合わせて成形する。それも仕事のうちだ。
でもOTは、思ったより幅広い
ここまでが「分かりやすい説明」だ。でも、OTの仕事はこれで終わらない。
実は、OTが活躍する分野はとても幅広い。
発達面で困りごとを抱えるお子さんへのリハビリ
これはOTの大きな分野の一つだ。例えば脳性麻痺のお子さんの場合、PTは立つ・歩くといったダイナミックな動きを担当する。一方OTは、日常生活の動作や、お箸を使う・ボタンを留めるといった細かな動作を支援する。
それだけじゃない。手先の不器用さ、感覚の過敏さ、生活動作の難しさに対して、遊びや日常の作業を通じて支援していく。小児領域で働くOTは、それなりに多い。
高次脳機能障害へのリハビリ
脳卒中や事故などによる脳の損傷で、記憶、注意、判断、感情のコントロールに困難が出る方への支援。言語聴覚士(ST)の領域と少し重なる部分もあるが、生活動作と絡めて関わるのはOTの仕事だ。
認知症へのリハビリ
これは特にOTが中心となる分野。認知症の方の残された力に注目し、その人らしい生活を支える。失われた機能を嘆くのではなく、まだできることに目を向け、その人の生活を組み立て直す。私自身、元認知症ケア指導管理士の資格も持っており、この分野には特に思い入れがある。
精神科のリハビリ
これは基本的にOTが中心だ。精神疾患を抱える方が、社会生活を取り戻すための支援。作業活動を通じて、生活リズムを整え、対人関係の練習をし、社会復帰への道筋を作っていく。
身体だけじゃない。認知も、精神も、発達も。OTは「その人の生活全体」に関わる職業だと、まずは知ってほしい。
私の1日:特養OTの実際
ここからが、私自身の話だ。
私は今、特別養護老人ホーム(特養)で働いている。肩書は**「機能訓練指導員」**だ。
機能訓練指導員という言葉も、一般には馴染みがないと思う。簡単に説明する。
これは介護保険の制度上の役割の名称だ。特養や老人保健施設で機能訓練を担当する役割で、作業療法士・理学療法士・看護師・柔道整復師・あん摩マッサージ指圧師などの資格を持つ人がなれる。
つまり「作業療法士=機能訓練指導員」ではない。**「作業療法士の私が、特養で機能訓練指導員として働いている」**という関係だ。
私の1日を、時系列で書いてみる。
9時:出勤、フロアラウンド
各フロアをラウンドして情報収集する。介護記録(ケアカルテ)は事前に確認しているが、現場の介護職員から直接「〇〇さんの座位がちょっと崩れていて」「△△さんが昨夜眠れなかったみたいで」といった報告を受け取る。データだけでは見えない現場の温度を拾う時間だ。
9時30分:朝礼
特養の朝礼で全体の動きを確認する。私は機能訓練指導員だが、特養では事務所業務も兼務している。
9時45分〜11時40分:午前の機能訓練ラウンド
ここが私の本業の中心だ。
ただ、私の機能訓練は、いわゆる「リハビリ室で器具を使ったトレーニング」とは少し違う。私の機能訓練は、基本的には生活リハビリの延長線上にあるものだ。
「トイレに行きたい」という訴えがあれば、安全にトイレまで行けるように立ち上がりの練習をする。歩く時にふらつく方には、転倒しないようにバランスの練習を組み込む。食事の姿勢が崩れている方には、食卓での座り方を整える。
利用者さんの「日常そのもの」がリハビリの場だ。
ただ、特養には何十人もの利用者さんがいる。私一人で全員を毎日まわることは到底できない。だから練習メニューを組んで、介護職員さんや看護師さんに継続してもらうように依頼する。私が直接担当できない時間も、適切なケアが続くように仕組みを作る。これも機能訓練指導員の重要な仕事だ。
12時まで:記録
午前の活動を記録する。誰に何をやったか、どんな反応だったか。これが次のケアに繋がる。
13時から:午後のラウンドと、その他多くのこと
午後も基本は機能訓練のラウンド。でも、ミーティングがあったり、事故検討会があったり、看取り期の利用者さんのポジショニング確認があったりで、現場を動き回る。
ポジショニング——この言葉も説明が必要だろう。
寝たきりの利用者さんが、長時間同じ姿勢で過ごすと、体の一部が床面についた状態になる。骨の出っ張った部分(かかと、お尻、肩、肘など)に体重が集中すると、皮膚が壊死してしまう。これが**床ずれ(褥瘡)**だ。穴が開くほど深くなることもある。
これを防ぐために、クッションを使って姿勢を整える。浮いている部分を支えたり、横向きに寝ている時は骨の出っ張りに圧がかからないようにクッションで浮かせたり。**「支える」**という発想が大切で、ただ詰めるのではなく、利用者さんが楽に体を預けられるように調整する。
これが看取り期になればなるほど重要になる。看取り期は床ずれが起きやすい時期だからだ。
16時30分以降:記録、姿勢確認、書類業務
機能訓練の記録、夕食時の座位姿勢の確認、そして書類作成。
書類業務は、本当に多い。機能訓練計画書、各種加算関係の書類、褥瘡委員会の会議録、自立支援関係の書類、その他諸々。一つひとつに利用者さんの状態評価や目標、ケア内容を細かく記載する必要がある。これだけで結構な時間を使う。
それと、特養には専属の事務員が少ないので、電話対応や面会対応も機能訓練指導員がよく担当する。電話番をしながら、書類を書きながら、ふと呼ばれて現場に向かう。そういう1日だ。
さらに、ショートステイ利用者さんの送迎も担当することがある。ショートステイは、自宅で介護を受けている方が短期間だけ施設に滞在するサービスだ。その送迎で、利用者さんの自宅まで車で迎えに行き、施設に連れてくる。これも私の仕事の一つだ。
事故検討会と、ハインリッヒの法則
特養の業務の中で、避けて通れないのが事故検討会だ。
特養では事故が発生する。利用者さんが転倒する。誤って違う薬を飲んでしまう。逆に飲まないといけない薬を飲み忘れる。これらは全て介護事故として扱われる。
介護事故を完全にゼロにすることはできない。これは現場で働く人間として、正直に認めなければならない。でも、それを極力減らして、重大な事故につながらないようにすることは、私たちの責任だ。
ここで使われる考え方がハインリッヒの法則だ。
これは1件の重大事故の背景に、29件の軽微な事故、そして300件のヒヤリハット(事故になりかけたが事故にならなかった気づき)があるという法則だ。
特養では、危ないと感じた瞬間にヒヤリハットを書くようにしている。これが300集まる。通常の転倒事故などは29にあたる。そして最終的に1にあたるのは、喉詰めによる窒息死のような重大事故だ。
ヒヤリハットでも、同じような内容が集まれば事故検討会の議題になる。実際に起きた事故は必ず検討会をする。だから検討会は本当に頻繁にある。
何年か前、実際に喉詰めの事故もあった。
だからこそ、ヒヤリハットの段階で気づき、軽微な事故の段階で対策を打つ。それが重大事故を防ぐ。これは机上の理論ではなく、現場の命を守る実践だ。
「えっ、それもOTがやるの?」と驚かれる仕事
ここからが本題かもしれない。
私が特養で実際にやっている仕事を並べてみる。
機能訓練(歩行・関節可動域・生活動作)
認知症ケア(傾聴・受容・共感)
看取り期のポジショニング
趣味活動の提供(編み物・園芸・将棋など)
自助具の選定・作成
車椅子・杖の選定
環境調整の提案
多職種連携
褥瘡委員会の委員長
各種書類作成(機能訓練計画書、加算書類、会議録、自立支援関係など)
ショートステイ利用者さんの送迎
介護ロボットの使い方検討と利用者さんへの適応
LOVOTの管理を6年半
介護職員への移乗介助・基本動作介助の指導
新人研修
苑のネットワーク管理(SEがすぐ来られない時)
介護職員のExcel作成サポート
ICT系全般の相談窓口
車椅子業者・福祉用具業者の対応
機械系業者の対応
車椅子のパンク修理
最後の方、もはやOTの教科書には載っていない仕事ばかりだ。
「移乗介助」というのは、利用者さんをベッドから車椅子へ、車椅子からトイレへなど、別の場所へ体を移動させる介助のこと。「基本動作介助」は寝返り、起き上がり、座る、立つ、歩くといった基本動作の介助。これらの方法を、新人介護職員さんに指導している。
LOVOTの世話と、ICT何でも屋
特に説明したいのが、**LOVOT(ラボット)**の管理だ。
LOVOTというのは、いわゆるコミュニケーションロボット。コロコロした見た目で、撫でると喜び、抱っこを求めてくる。
これを6年半、私が担当している。
お世話と言っても、本当にいろいろある。途中で勝手にこけてしまう。汚れてくるのでホイールの掃除をする。故障したら業者と連絡を取る。割と大変だ。
でも、高齢者には「かわいい」と本当に人気がある。表情が乏しくなった方が、LOVOTを見ると笑う。言葉が出なくなった方が、撫でようと手を伸ばす。これは認知症ケアの観点からも、ものすごく価値のある関わりだ。
そしてもう一つ、私の特徴的な仕事はICT全般だ。
介護職員、看護職員には、その道のプロが多い。介護や看護の専門性は、本当にすごい。でも、ICT系には強くない人が多いのが現実だ。Excelの表を作りたいけど作り方が分からない、ネットワークが繋がらないがSEがすぐ来られない、車椅子業者との細かい調整、機械系の業者対応——こういう時、私のような「何でも屋」に任されることが多い。
私自身、パソコンを使うのが好きな方だ。だからそこまで苦痛ではない。むしろ、自分の仕事の幅が広がっていく感覚を、楽しんでいる部分もある。
困りごと解決係としてのOT
肩書は「機能訓練指導員(作業療法士)」。
でも実際は**「特養という小さな村の、困りごと解決係」**だ。
最初は「これ、OTの仕事じゃないよな」と思っていた。電話番、面会対応、ICT系、業者対応、ロボット管理、ショートステイの送迎。本当にOTの教科書には1ミリも書かれていない仕事ばかりだ。
でも16年やっていると、見方が変わる。
困っている人が目の前にいる。自分にできることがある。だったらやる。それでいいじゃないか。
それは作業療法の本質——目の前のその人にとって、今できることをする——とも、結局は同じことだから。
利用者さんに対しても、職員に対しても、施設全体に対しても。OTの視点は「その場の困りごとに対して、自分の手で解決する」という意味では、一貫しているのかもしれない。
OTの本質:「意味のある作業」という考え方
ここでようやく、OTの核心の話に入る。
作業療法には**「意味のある作業」**という大切な概念がある。
人は、ただ動かされているだけでは元気にならない。誰かに言われてやらされる動作には、心が動かない。でも**「自分にとって意味のあること」**に触れた瞬間、人の表情は変わる。目が輝く。身体が動き出す。
私はこれを、特養の現場で何度も見てきた。
編み物がずっと得意だった方に、編み物をしてもらう。最初は「もう手が動かないから」と言っていた方が、毛糸と針を渡された瞬間、自然に手が動き出す。身体が覚えている。表情が変わる。
園芸が好きだった方に、植物に触れてもらう。土の匂いを嗅いだ瞬間、笑顔がこぼれる。
将棋が趣味だった方と、盤を前に向かい合う。長く言葉が出なかった方が、駒を動かす手つきだけははっきりしている。
こういう瞬間を引き出すのが、OTの仕事だ。
「受け止める」ことが、すべてを変える
「意味のある作業」と並んで、私が特養で大切にしているのが**「受け止める」**ことだ。
過去にこんな利用者さんがいた。
入居してまだ1ヶ月ほど、認知症は軽度。昭和の男性らしく気性は荒いが、私や特定の職員にはよく笑ってくれる方だった。
ある時、その方が大暴れした。非常階段の鍵を無理やり開けようとした。エレベーター前で何時間も待ち続けた。薬も食事も拒否した。家族にまで暴力を振るおうとした。
でも私は、その話を聞いた瞬間、直感的に思った。
「ちゃんと話を聞いてもらえなかったんだろうな」と。
連休明けの朝、私は歩行器を持って居室へ向かった。いつも通り、施設内を散歩しながら話を聞く。「最近どうですか」と。
その方はぽつりと話し始めた。
責任者が話を聞きに来た。でも顔がどこかにやついていて、ちゃんと聞く気がなかった。話し合いの後、他の職員と笑いながら自分のことを話していた。それが腹立たしかった。
もともとのきっかけは、目薬だった。無理やり目を開けさせられて入れられることが嫌だと、何度も訴えていた。でも看護師も誰も聞いてくれなかった。誰に話しても追い返される感じがした。
だから、帰りたくなった。冷静になって2日間考えた。やっぱりここにいるのがしんどい。弟を頼って別の施設に移りたい。
その気持ちを、誰かにちゃんと聞いてほしかっただけだった。
私はその言葉を、最後まで遮らずに聞いた。解決策を提案しなかった。否定もしなかった。「そんなことで」とも思わなかった。
そして、同じ職員の立場から、謝った。
「そうですよね。そういうことがあって、今すごく居づらいですよね。私でよければいつでも話は伺いますので、どうかストレスを溜め込まないようにしてくださいね」
それだけ伝えて、あとは野球の話をして散歩を終わった。
その日、その方はエレベーター前に居座らなかった。非常階段を開けようとしなかった。食事も薬も拒否しなかった。よく笑ってくれた。
「受け止める」ことが、すべてを変えた。
これがOTの本質の一つだと、私は思っている。機能訓練だけがOTじゃない。その人の話を聴き、感情を受け止め、その人らしい生活を取り戻すこと。これがOTの仕事だ。
特養という、OTの本質に近い場所
特養で働いて気づいたことがある。
OTは病院やデイケアと違って、コストや回数の制約から比較的自由だ。リハビリを拒否する利用者さんに無理強いしなくていい。「気が向いた時にやればいい」という文化がある。
その自由の中で、その人にとって本当に意味のあることを提供できる。
機能訓練だけしておけばいいわけじゃないからこそ、その人その人に色々なことをコスト関係なく提供できる。野球を流す、編み物を渡す、将棋盤を出す、ただ話を聞く——どれも保険点数にならないけれど、その人の人生にとっては意味のあることだ。
私にとって特養は、OTという仕事の本質に最も近い場所だ。
16年やってきた、本音のやりがい
正直に言う。やりがいなら、語り尽くせないほどある。
利用者さんがリハビリを経て、自宅に帰れるようになった時。これは本当に嬉しい。ただし、これは私が良くしたんじゃない。ご本人の回復過程の中で、ご本人が頑張った結果だ。私はそのお手伝いをしているに過ぎない。それは絶対に忘れたくない。
自分と関わる中で、利用者さんが心を開いてくれた瞬間。
頼られることが多いこと。これは私の性格にも仕事にも合っている。
最期の瞬間に、その人が好きだったことを支援できた時。同級生のお父さんに野球を流し続けた、あの時間。亡くなる数日前まで、「森下打ったよ」「村上抑えてるよ」と声をかけると微笑んでくれた。自己満足だと言われればそれまでだ。でも、その瞬間に立ち会えたことに、今も意味を感じている。
そして、看取り期の利用者さんが褥瘡なく、綺麗な身体のまま逝去できた時。
これは特に静かな達成感がある。
亡くなる時というのは、食事をせずに枯れるように衰えていく。同時に、床ずれになる可能性も非常に高くなる。動けない時間が長くなり、皮膚への圧迫が続くからだ。
それを防ぐためのポジショニングや環境整備の指示は、私の役割だ。私は褥瘡委員会の委員長もしているので、施設全体のポジショニングに責任を持っている。介護・看護と連携しながら、最期まで身体を守る。
枯れるように、静かに、綺麗な身体のまま逝去された方を見送った時の感覚は、独特のものだ。「最期まで支えられた」という、深い安堵感。これはOTにしか感じられない、独特のやりがいだと思う。
そしてもう一つ。フォークが上手く使えなくなった方に、握りやすい形に変えて、自分で食事を摂れるようにした時。「自分で食べられた」という小さな喜びを取り戻すこと。これもOTの仕事だ。
OTはやりがいの塊だと思っている。
OTのしんどさ、本音で
しんどさもある。正直に書く。
一つは、いろんな仕事を任されすぎて、本来のリハビリが見えにくくなること。電話番、面会対応、ICT系、業者対応、ロボット管理、ショートステイの送迎、書類業務。それを全部やっていると、**「あの人、リハビリ全然してないんじゃない?」**と思われていそうで、つらかった時期があった。
機能訓練指導員という肩書のはずなのに、現場ではリハビリ以外の業務に追われる。今は気にならなくなったが、若い頃はこの誤解が地味に効いた。
もう一つは、強く当たってくる先輩看護師との関係だ。私自身が強く当たられたこともあるし、介護職員が強く当たられているのを見ていると、HSPの私はそれを自分のことのように感じてしまう。多職種連携の現場では避けられない人間関係の苦しさだ。
そしてミーティング。これは本当にしんどい。複数の感情、立場、空気が同時に動く場で、HSPの私は人一倍消耗する。
OTの仕事自体のしんどさというより、「特養という多職種が入り乱れる場で働くこと」のしんどさかもしれない。
OTを目指す人へ:本音で答える
もし高校生や医療系の学生から「OTってどう?」と相談されたら、こう答える。
向いている人: 他者への貢献を喜びに感じる人。固定観念を捨てて、広い視点で物事を見られる人。大らかな人。すぐに怒る人は向いていない。これは断言できる。
給料: 正直、平均的かやや低めだ。病院や施設によってピンキリだが、概ね年収400〜500万円のレンジが多いと思う。決して高くはない。
今後: ただ、なくなる仕事ではない。高齢化が進む日本で、OTの需要は今後も続く。
ただし、リハビリ系の養成校が乱立して、OTの人数も増えている。何のスキルもないOTは、これから淘汰される時代になってきている。専門性、得意分野、発信力。何かしらの自分の武器を持つことが、これからのOTには求められる。
そしてもう一つ。OTは身体を使う仕事だ。60歳、70歳まで現場で続けられるかと言われると、正直少し不安もある。
それでも私は、今、OTやっててよかったとめちゃくちゃ思っている。
最後に:OTは国家資格です
最後に、もう一つだけ伝えておきたい。
作業療法士は、れっきとした国家資格だ。
「名称独占」がある。つまり「私は作業療法士です」と名乗れるのは、国家資格を持っている人だけだ。
ただし「業務独占」はない。リハビリ的な行為そのものは、誰でもやれてしまう領域もある。だから起業はできるが、「作業療法士として」起業するには工夫が必要だ。デイケアや訪問看護ステーションを立ち上げるOTが多いのは、そういう背景もある。
国家資格として、私たちOTは責任を持ってこの仕事をしている。専門性を持って、その人の生活を支えている。
「ふーん」で終わらせないでほしい
「ふーん」で流されてきた16年だけど、この記事を読んでくれた人には、少しでも作業療法士という仕事の輪郭が見えただろうか。
リハビリの人。それは間違っていない。でも、それだけじゃない。
身体も、心も、生活も、その人らしさも、最期の瞬間まで支える仕事。
特養という現場では、機能訓練だけでなく、認知症ケア、看取り、ポジショニング、事故検討、ロボット管理、ICT、ショートステイ送迎まで。困りごとがあれば、何でも引き受ける何でも屋。
そして本質は、**「目の前のその人にとって、今できることをする」**こと。
それが作業療法士、私たちOTです。
もし周りに「リハビリ受けてる人」「介護施設にいる人」「認知症のご家族がいる人」がいたら、その方の支援にOTが関わっているかもしれない。少しだけ、興味を持って見てもらえたら嬉しい。
そして、これからOTを目指す若い人へ。
なくならない仕事だ。でも甘くもない仕事だ。それでも、人と関わることが好きで、誰かの役に立つことに意味を感じられるなら——
OTという道は、十分に挑戦する価値がある。
私は今日も、明日も、特養で機能訓練指導員として、誰かの生活のそばに立ち続ける。
「ふーん」と言われても、笑って受け流せるくらいには、この仕事を誇りに思っている。
作業療法士16年目|特養・ユニットケア勤務|元認知症ケア指導管理士|HSP・ISFJ
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