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名前も忘れた。それでも、笑ってくれた。認知症の利用者様と8年間で気づいたこと。

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その方と出会って、8年が経つ。

入居されてからは17年。施設でいちばん長い歴史を持つ利用者様のひとりだ。

出会った頃は認知症もほとんどなく、一緒に平行棒の中を歩いたり、童謡を歌いながら発声練習をしたりと、リハビリにとても意欲的な方だった。その笑顔が今でも頭に残っている。


2年ほど前、ベッドから転落し、大腿骨頚部骨折で入院された。

2ヶ月後に退院されたが、病院での寝たきり生活で膝は伸びなくなり、歩くことはできなくなっていた。認知症も進んでいた。骨折したことも、介護職員さんの名前も、ほとんど覚えていなかった。

それでも当時は、17年ずっと関わってきた職員さんの名前、私の名前、ケアマネージャーの名前は覚えていてくれた。


今は、言葉がほとんど出なくなった。

発言があるとすれば「痛いよー」と叫ぶくらいだ。右足の痛みが続いており、介護をするのも一時期は大変だった。

名前も、もう呼んでもらえない。


でも。

特定の職員さんが通ると、手を振る。

私がリハビリに入ると、笑ってくれる。

私に対しては、痛みの訴えがない。

言葉は消えた。記憶も薄れた。それでも、8年間一緒に過ごしてきた時間の「何か」は、ちゃんと残っている。

名前ではない。出来事でもない。

「この人といると、安心する」

そういう感覚が、最後まで残り続けるのだと思う。


作業療法士として16年働いてきて、認知症の方の最期に何度も立ち会ってきた。

言葉が消える。着替えがわからなくなる。歯磨きも、トイレの感覚も、やがて食事をすることさえも忘れていく。最終的には食事を口に運んでもらっても、飲み込むことができなくなる。

認知症という病気が直接命を奪うわけではない。食べられなくなって、枯れるように逝く。それが多くの方の最期だ。

それを何度見ても、慣れることはない。


ただ、ひとつだけ確かなことがある。

感情の記憶は、最後まで残る。

好きな音楽が流れると涙が出る。長年使ってきた道具は手が覚えている。ずっと傍にいてくれた人の気配は、言葉がなくなっても伝わる。

アルツハイマー型、脳血管性、レヴィー小体型、前頭側頭型。認知症にはいくつかの種類があるが、どれも進行を完全に止めることは今の医療では難しい。だからこそ、予防が大切だし、発症してからの「関わり方」が何より重要になる。


認知症の家族を持つ方へ。

「もう私のことがわからなくなった」と思っていても、あなたの声は届いている可能性がある。あなたの手の温かさは伝わっているかもしれない。

「覚えていてくれている」という形じゃなくていい。

「この人といると、なんか落ち着く」

その感覚は、言葉より長く残り続ける。

だから、会いに行ってほしい。声をかけてほしい。手を握ってほしい。

それだけで十分だと、私は信じている。


作業療法士16年目|特養・ユニットケア勤務|元認知症ケア指導管理士|HSP・ISFJ

  • 特養で見た「最期に後悔している人」と「していない人」の違い

  • 逃げながら、続けた。HSPの作業療法士16年の話

  • HSPの私が、支援職を辞めなかった理由

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