小説『Snowdrop Surfer』第十六話:【断罪の円卓と、無慈悲な宣告】
(簡単なあらすじ)
理不尽な左遷により、北海道の赤字企業で四刀流の過酷な新社長業に奮闘する元芸人、トップセールス・佐々木真二郎。
前回、異物混入の調査を進める真二郎だったが、生真面目な杉山工場長はそれを「冷酷な裁判」と捉えて反発し、社内は不信感に包まれる。
孤立を深める中、前社長の西田が真二郎を呼び出す。真っ先にクレーム現場へ飛び、逃げずに謝罪した真二郎の「覚悟」を感じとった西田は、彼を認め全面的な協力を約束。
孤独な戦いの中で初めて得た確かな味方の存在に、真二郎は涙を流し、凍てついた心に希望の光が差し込む。(第十五話)
【前回】
第十六話:【断罪の円卓と、無慈悲な宣告】
羽田空港に降り立った俺を襲ったのは、
鼻の奥が痛くなるような乾燥した空気だった。
雪の湿り気も、土の匂いも、
冷たい海風の厳しさもない。
ただ、排気ガスと、行き交う人々の無機質な熱気が混ざり合った都会の匂い。
札幌の数ヶ月程度で、俺の身体はすっかり「地方の波」に馴染んでしまっていたのだと、皮肉な形で思い知らされる。
品川にある「来輝」本社のエントランス。
かつては誇らしく通り抜けていたはずのセキュリティゲートが、
今は、俺を拒絶する巨大な関所のように見えた。
役員フロアへ向かうエレベーターの静寂。
待ち受けるのは「歓迎」か、
それとも「糾弾」か。
もちろん、歓迎ではないということだけは理解していた。
鏡のような大理石の壁面に映る俺の顔は、
以前よりも少し頬がこけていた。
だが、それは「何か」を背負った男の顔のようにも見えなくもなかった。
「これはこれは、佐々木社長~。
わざわざ札幌からご苦労なことでんな」
役員会議室の重厚な扉を開けた瞬間、
権田のあの、ちぐはぐな関西弁が耳を打った。
権田は、ふかふかの革椅子に深く腰掛け、
なにか勝利を確信したかのような笑みを浮かべていた。
その隣には、氷のように冷たい視線を向ける統括本部長の片岡。
そして上座には、
三千億の帝国を統治する絶対権力者・来輝 太田会長が鎮座している。
この部屋の空気は、
あのマイナス二十度の北見の国道よりも冷たく感じた。
「さて、佐々木君。君をわざわざ呼んだ理由は分かっているな?」
会長の低く、静かな声が部屋に響く。
「はい。今期の決算報告。
そして、北山乳業様のクレームの件かと」
「報告?そんなもん、聞くまでもないわ!」
権田が割って入った。
「ホクセイ産業の赤字はさらに拡大。
最大顧客の雪明グループからは相変わらずの出禁状態。
その上、北山乳業で異物混入の不祥事や!
佐々木、以前自分はトップセールスだとかなんだとかえらい息まいてなかったか?
どうした?北海道の雪に頭までフリーズさせられたんか?」
笑い声が会議室に漏れる。
(くそっ、好き放題いいやがって......)
権田はもちろんのこと、
この場にいる彼らにとって、
ホクセイ産業の現場で杉山たちが古い機械を抱えてどれだけ奮闘しているかなど、
全くもってどうでもいいことなのだ。
末端の歯車から吸い上げられてくる「数字」と、
自分たちが支配する「権威」こそが全て。
(……分かっていた。
こうなることは、分かっていたはずだ)
御守のようにカバンの中に忍ばせた
松下幸之助の『道をひらく』と『義経』の重み。
そして、西田顧問の前で流した涙。
それら全てが、今、この格式高い重役会議室で
「無能の証」としてクズのように捨てられようとしていた。

笑い声が静まると、
それまで沈黙を守っていた統括本部長の片岡が、手元のタブレットから目を離さずに口を開いた。
その声は低く、無機質に会議室の壁を震わせる。
「佐々木君。
君をホクセイ産業の再生担当として北海道へ送り出したのは、
権田部長から、君がたっての希望で札幌行きを志願していたと聞いたということもあるが、
君が来輝きってのトップセールスであり、
いかなる困難な事態をも打開できる男だと判断したからだ。
三千億企業の看板を背負い、巨額の買収資金を投じた以上、
我々が求めるのは『結果』、ただ一点だ」
片岡は感情を一切排した声で、事務的に「事実」を突きつけていく。
「だが、現実はどうだ。
赤字幅は縮小するどころか拡大し、
最大顧客である雪明グループとの関係修復すらままならない。
そして北山乳業での異物混入不祥事……。
挙句の果てには、
ホクセイ産業の社員たちからの君への評判も、芳しくないと権田君からも聞いている」
片岡がようやく顔を上げ、氷のような視線で俺を射抜いた。
「要するに、君のマネジメントは全く機能していない。
むしろ『失敗』していると断じざるを得ない。
……君を北海道に送り込んだ私の判断そのものが、果たして正しかったのか。甚だ疑問にさえ感じている。」
俺は、机の下で拳を血が滲むほど強く握りしめた。
(じゃあ一体どうすればよかったっていうんだ、
俺だって必死でやってきた……)
叫びたくなるような喉元まで出かかった声を、必死に飲み込む。
自分たちが仕向けた人事でありながら、
結果が出なければ
「期待を裏切った無能」というラベルを貼り、切り捨てる。
その身勝手すぎる冷酷さに、奥歯がギリリと鳴った。
そして、片岡の言葉は、
権田の嘲笑よりも遥かに重く肩にのしかかった。
彼にとって、ホクセイ産業は「戦略上の駒」に過ぎない。
駒が機能しなければ、速やかに「処理」するのが彼の役目だ。
重たい沈黙に包まれる中、俺はたまらず口を開いた。
「片岡統括本部長、
設備の老朽化については現場で早急に対策を講じておりますが、
買収前の調査(DD)におきましても老朽化に関しての報告は ─── 」
「言い訳を言うな!!」
会長の太田が、一喝した。
部屋の空気が一瞬で凍り付く。
「設備が古い?聞いてない?
そんな泣き言をいう人間など、この来輝には必要ない!
君の仕事は、その『ガラクタ』をねじ伏せてでも利益を出すことだ。
それができないのであれば、
君を北海道へ送ったこともこの企業買収もすべて無駄だったということになる!」
その瞬間、
俺の脳裏に、ボロボロの機械に油まみれで這いつくばっていた杉山たちの姿が浮かんだ。
(ガラクタ……。
あそこで必死に機械を回している人間たちも含めて、この人はそう呼ぶのか)
目の前のデスクを力いっぱい叩きつけてその場を飛び出したくなる気持ちを必死に抑え込む。
(今ここで声を上げても、彼らの用意した網に自らかかりに行くだけだ)
「結論を言おう」
会長の太田が、俺の魂を射抜くように宣告を下す。
「今期末が最終期限だ。
雪明グループとの取引を完全に正常化させ、ホクセイ産業の黒字化を果たせ!
それができなければ、ホクセイ産業は解体し、
『海洋生分解性プラスチック』の特許権のみを本社へ移管。
工場はスクラップにする。
君も、来輝に席があると思うな」
「....... 解体、ですか。社員たちはどうなるのですか」
「そうだ。
ガラクタを抱えている必要はないからな。
機能しない連中を維持するコストなど、我々には一円もない。
それが来輝のルールだ」
権田がここぞとばかりに、隣でニヤリと笑う。
「聞いたか~、佐々木社長。
あと一年あるのが会長の温情っちゅうやつやな、
だがこれが最後通告や。しっかり頑張ってや。
……まあ~、どのみち無理やと思うけどな~」
役員会議室を出る俺の背中を、
権田の勝ち誇ったような調子っぱずれの鼻歌が追いかけてきた。
白と大理石で統一された本社のフロアーは、
初めて訪れた冬の北海道の吹雪よりも凍てつく寒さで俺を包み込んでいた。

第十六話も最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回、『第一部最終話』もぜひご覧いただけますと幸いです。
▼第一部最終話『真実の山』
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