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小説『Snowdrop Surfer』第十七話:【真実の山】

(簡単なあらすじ)
理不尽な左遷により、北海道の赤字企業で四刀流の過酷な新社長業に奮闘する元芸人、トップセールス・佐々木真二郎。

前回、決算報告のため来輝本社へ呼び出された真二郎を待っていたのは、権田の嘲笑と役員たちによる冷酷な糾弾だった。
太田会長は老朽化した設備で奮闘する現場を「ガラクタ」と切り捨て、今期末までの黒字化と雪明グループとの取引正常化を厳命する。達成できなければホクセイ産業は解体され、真二郎も会社を追われる。絶望的な最後通告を突きつけられ、真二郎は凍てつく本社を後にする。(第十六話)

【前回】

第十七話:【真実の山】

凍てついた石造りの要塞のような本社ビルを出ると、
春を告げるはずの風はどこまでも乾き、

またあの埃と排気ガスの匂いが鼻の奥を不快にさせた。

街のあちこちには、つい数日前まで咲き誇っていたであろう桜の残骸が、
アスファルトにへばりついている。

輝かしい新年度を歩み出したばかりの若者たちの喧騒が、
まるで遠い世界の出来事のように聞こえる。

その中で、俺一人だけが、

永遠に冬が終わらぬ北の大地へ強制的に送り返されようとしていた。

羽田空港へ向かう京急品川駅のホーム。
 
眩しい春の午後の光とは裏腹に、
俺の心は深い闇の中にあった。

(……このまま、一歩踏み出して線路に落ちたら、どれほど楽になれるだろうか)

不意に、そんな考えが頭をよぎった。 

一度よぎると、その暗い穴のような誘惑は急速に膨らんでいく。

(何を考えているんだ。家族はどうする。妻は、娘たちは……。)

理性が必死にブレーキをかけようとするが、
吸い寄せられるように、自然と身体が線路の方へ傾いていく。

ガタン、ガタンと迫りくる列車の振動。 

線路の枕木とバラスト(砂利)が、

妙に鮮明に視界に飛び込んできた、その瞬間だった。


ポン、と右肩を叩かれた。

「うわっ!」

驚き、弾かれたように振り返る。

そこには、

あの冷たい三千億円企業の役員たちの誰よりも仕立ての良い、
それでいて不思議と温かみのあるスーツに身を包んだ、

眼鏡をかけた小柄な男性が立っていた。

そして、その風貌には見覚えがあった。

この数ヶ月、毎日むさぼるようにページを開き続けた、
その表紙に写っているあの人物だった。

「あんさん。

道が険しいのはな、あんさんが本物の山を登っとる証拠やで」

柔らかな、しかし芯の通った関西弁。 

白昼夢か。それとも、極限まで追い詰められた俺の脳が見せた妄想か。

だが、その声は品川駅の喧騒を突き抜けて、
俺の潰れそうな心の奥底にすとんと落ちた。

「……本物の、山」

「そうや。低い丘なら鼻歌まじりで登れる。

けどな、あんさんが登ろうとしとるんは、誰にも真似できん高い山や。

苦しいのは、一歩ずつ上がっとるからや。

……しっかりしなはれ。

あんさんの後ろには、守らなあかん人がいっぱいおるんやから」

ふと我に返った瞬間、もうその姿は人混みの中に消えていた。 

だが、右肩には確かに、温かい手のひらの感覚が残っている。

さっきまで線路をのぞき込んでいた俺の背筋が、ぴんと伸びた。 

もう、下を見ることはない。

自分を信じてついてきてくれる家族。
北海道で俺の帰りを待つ、西田顧問、松原さん、
そして、あの油まみれの杉山たち。

彼らと共に登るべき「本物の山」が、
俺の目の前にはそびえ立っている。

「……行ってきます。
自分で『道をひらく』ために。」

誰にともなくそう呟きながら、
俺はビジネスバッグの中の本を強くにぎりしめた。

そして、俺は羽田行きの電車に乗り込んだ。

絶望という名の北の大地へ。

─── いや、俺にしか登れない
「真実の山」の頂を目指して。


スノードロップが、今、深い雪を突き破り、真冬の空に向かって静かに芽吹いた。




【Snowdrop Surfer 第一部 完】




第一部、最後までお読みいただき本当にありがとうございました!
第二部も、ぜひお待ちいただけましたら幸いです。


ふくろとんです。よろしくね✨

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