見出し画像

小説『Snowdrop Surfer』第十三話:【北の返礼と、奈落への戦慄】

(簡単なあらすじ)
理不尽な左遷により、北海道の赤字企業で四刀流の過酷な新社長業に奮闘する元芸人、トップセールス・佐々木真二郎。

前回、すべてが仕組まれた罠だと悟りながらも、少年時代から憧れていた源義経の不条理な境遇に自らを重ね合わせる真二郎。ふと立ち寄った古本屋で『義経』の小説を手にした彼は、その余白に『水龍と天弓が交わり、風が・・・』という、謎のメッセージが書き残されているのを発見する。
(第十二話)

【前回】

第十三話:【北の返礼と、奈落への戦慄】

週末、午前4時に目が覚めた。
窓の外は相変わらずの雪だったが、

なぜか、
『海が呼んでいる』
そんな気がした。

あの『水龍と天弓』の文字の謎は未だ解けぬまま、
俺は海へと車を走らせた。 

権田が罠を仕掛ける三重苦のパズル。

答えなどそう簡単には見つからない。

でも、海はいつでも心を整理させてくれる。

風向きを読み、たまには違う景色も見てみたくなり、
俺はいつもの浜厚真海岸から二十分ほど車を走らせた。

辿り着いたその場所は、訪れる者も稀なのだろうか、
海へと続く一本道は、重く湿った雪に覆い尽くされていた。

まだ慣れない俺の運転技術では、
踏み込むのを躊躇ためらうような深さだ。

だが、サーファーとしての直感が、耳元で囁いた。
(─── こういう場所にこそ、
誰もいない極上の波(グッドウェーブ)が眠っているかもしれない) 

まだ見ぬ未知の波を追い求めるハントの高揚感が、不安を上回った。

先人の残した微かなタイヤ痕だけを頼りに、
駐車場と思われる場所へと慎重にハンドルを切る。

視界の先に、一台のワンボックスカーが力なくたたずんでいるのが見えた。

俺が車を止めると、即座にその車のドアが開き、
一人の男が転がるように出てきた。

「すんませーん! なんかスタックしてもうて、
えらい困ってはるんですわ……。
兄さん、牽引ロープとか持ってはりませんか?」

雪原に響いたのは、意外にも親しみのある関西弁だった。

男の足元を見ると、タイヤは無情にも雪を掘り進め、
車体は完全に雪の沼に沈み込んでいる。

俺の車で牽引しに行くには、雪が深すぎて共倒れになるリスクが高い。

「ロープはないですが、これならありますよ!」

俺は先日、念のためにと買っておいた
「スタック板(脱出用ボード)」をトランクから取り出した。

「おおっ、スタック板! 助かりますわぁ!」

男の顔に、一気に安堵の光が差した。

車を覆う雪の泥濘ぬかるみに二人で膝をつき、 
タイヤの隙間に板を差し込む。

泥と雪が跳ね、衣服を汚したが、
そんなことはどうでもよかった。

「行けますよ、ゆっくり進んで!」

エンジンの回転音と共に、
ワンボックスがゆっくりと、しかし確実に雪の呪縛を脱した。

「ほんま、助かりましたわ! ほんまおおきに、ありがとう!」

男は何度も頭を下げ、太陽のような笑顔を俺に残して去っていった。 

静まり返った雪原に、俺一人だけが残される。
汚れた手袋を見つめながら、不思議な感覚が胸を満たしていた。

(因果応報、か……)

先日、マンションの駐車場で自分の車が雪に埋もれた時、
名前も知らぬ隣人が助けてくれたように。 

北海道では、これが当たり前のやり方なのだ。
見返りなど求めず、困っている者がいれば手を差し出す。

それは『徳を積む』という教えよりも大事な、
この厳しい大地で生きていくための『人としての必然』のように思えた。

汚れた手を払いながら、俺は一人小さく笑った。

ほんの少しだけ、俺も『北海道の一員』になれたような、そんな気がした。


  
休み明けの月曜日、
その日はなぜか朝から胸騒ぎがしていた。 

前夜に食べた焼き魚の骨が、
喉の奥に刺さっているような不快な違和感。

唾を飲み込むたびに存在を主張するその異物の不快感が、
不吉な一日の幕開けを告げていた。

午前九時。
ホクセイ産業の静かな事務所に、外線の呼び出し音が鳴り響いた。

最初は、ありふれた日常の一コマに過ぎなかった。 

電話を取った事務員の声は落ち着いており、
いつもの様子で相槌を打っている。

だが ─── 次の瞬間、

彼女の背中が指先から凍りついた。

「……え?」

受話器を握る手が、微かに震え始める。
時間が、物理的な重さを持って停止したように見えた。

「……プラスチック片、ですか?」

その言葉が、朝の穏やかな事務所の空気に鋭く突き刺さった。

異物混入 ─── 。

食品容器を製造・販売する会社にとって、
それは『死刑宣告』にも等しい、最も聞きたくない言葉だ。

ホクセイ産業の製造ラインで混じったのか。
それとも、顧客側の充填工程で紛れ込んだのか。 

この時点では、真実はまだ深い霧の中にあった。

一瞬、
蜂の巣をつついたようなざわめきが事務所を支配した。

だが、それも一瞬のことだった。 

すぐに、そのざわめきすら恐怖に食い尽くされ、静まり返る。

全員がキーボードを叩く手を止め、モニターから目を離し、 
青ざめた顔で受話器を握りしめる彼女の背中を、
言葉を失って見つめていた。

(─── 大変なことになった。)

誰も、その一言を口には出せなかった。 

だが、その場にいた全員が、

自分たちの乗っている舟に、
巨大な穴が空いたことを悟っていた。

真二郎の喉の奥にある『骨』が、
今までにないほど鋭く、熱く、その肉を突き刺した。

第十三話も最後まで読んでいただきありがとうございます!

▼続きはこちら

▼こちらは、まとめ読み用マガジンです。

▼1~10話をまとめた公式ガイドブックはこちら

▼『真二郎がスタックし、北の人情に触れる回』はこちら

▼自己紹介です。
『Instagram』&『X』もやっていますので、
ぜひフォローいただけると嬉しいです。


いいなと思ったら応援しよう!