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岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する106 夏目漱石『こころ』をどう読むか483 全然読めていないじゃないか

  前回、同性愛や乃木静子殉死を巡って、どうも岩波の書き方、注解者の重松泰雄氏、宗像和重氏の書きようが他人の解釈をつまみながら、誰のどの資料の意見かとも具体的に示さず、またその解釈に対する自身のスタンスが明確ではないことに改めて気が付いた。

 当たり前のことながら、引用元が明かな場合は明示すべきであり、注解というならば正解を示さねばならないので何でも拾ってくればいいというものではなかろう。例えば「私」と静が結ばれたという説は小森陽一氏他が述べており、それを漱石の伝記を書いている人が「という馬鹿な説がある」と名前も根拠も上げずに否定していた。これはいけない。同じ人がKはコリアだという説まであると呆れていた。こちらは調べてみると誰が言い出したのかは何となく解ったが、確定は出来なかったし、論う必要もない話なので深追いはしなかったけれども、これもどこで読んだということくらいまでは書くべきであろう。あまり無責任なので私もその伝記を書いていた人の名前を忘れてしまった。

 しかし例えばKの死は小刀細工に見せかけられた「お祝い」であるという解釈、

「何かお祝いを上げたいが、私は金がないから上げる事ができません」

(夏目漱石『こころ』)

 この「お祝い」だという解釈はおそらく私のオリジナルなので、そう摘まむ場合は何か一言欲しいものだ。ここには「お祝い」が「呪い」になるという漱石のブラックジョークがあると書いたのは人類史上私が初めてだろう。これは名無しでは摘ままないで欲しい。


私は其友達の名を此処にKと

「私はその友達の名をここにKと呼んでおきます。私はこのKと小供の時からの仲好しでした。小供の時からといえば断らないでも解っているでしょう、二人には同郷の縁故があったのです。Kは真宗の坊さんの子でした。もっとも長男ではありません、次男でした。それである医者の所へ養子にやられたのです。私の生れた地方は大変本願寺派の勢力の強い所でしたから、真宗の坊さんは他のものに比べると、物質的に割が好かったようです。一例を挙げると、もし坊さんに女の子があって、その女の子が年頃になったとすると、檀家のものが相談して、どこか適当な所へ嫁にやってくれます。無論費用は坊さんの懐から出るのではありません。そんな訳で真宗寺は大抵有福でした。

(夏目漱石『こころ』)

 岩波はここに注を付け、

なお、Kを漱石の友人小屋保治(のち大塚保治)ら実在の人物に擬す説もあるが、そのように限定し、単一化することは無理であり、又意味が少ない。

(『定本漱石全集 第九巻』岩波書店 2017年)

 とまたまた誰の説と明示しないまま摘まみ、加えて、

[新] 「私」の手記冒頭の「余所々々しい頭文字」(三頁)との関係で、Kという頭文字の意味がさまざまに問われている。

(『定本漱石全集 第九巻』岩波書店 2017年)

 と「さまざま」と具体性に欠く余計なことを書いている。この [新] がどうもいけない。統一感がない。無責任である。

 小屋保治が引き合いに出されるのは『それから』の平岡がやはり大塚保治で、三千代が大塚楠緒子であり、大塚楠緒子を奪う話として読んだ大塚保治がノイローゼになったという辺りから、いかにも仕方のない話であるようには思われる。

 少なくとも大塚楠緒子と夏目漱石の間には他人には解らない何とも言い難いコールアンドレスポンスのようなものがあったことだけは確かで、大塚保治はいつでもその犠牲にならなくてはならないようだ。

 これまでこのKについては確かに様々に言われている。その代表的なものを挙げると、

・コリア説

 ……これは日本が韓国を合併した歴史に関する皮肉という捉え方のようだが空想の域を出るものではなし、作品の筋に絡むところが全くない。この手のトンデモ説が好きな人は大抵基本的な読みのレベルに達していない。ちなみに漱石の語彙に「コリア」はない。せめて「韓」であろう。

・「存在しない」説

 ……この説の出所は不確かで、やはり稚拙ないたずらとしか思えない。しかしこういうものに関心してしまう一定数の人々も存在してしまうのは確かだ。そう言うところからは出来るだけ距離を採り、正確な読みに徹したい。

・幸徳秋水説

 ……作家の島田雅彦氏が『深読み日本文学』(インターナショナル新書)で述べた説。『それから』に幸徳秋水は出て來る。ただそれだけの関係で『こころ』の筋に絡むことがない珍説だ。

・キング、天皇説

 ……作家の島田雅彦氏が『深読み日本文学』(インターナショナル新書)で述べた説。ただ天皇をエンペラーではなくキングと呼んでみたかっただけなのか、天皇に小刀細工化をさせたいのか、意味の解らない珍説。天皇は金がないのか?

・石川啄木(工藤一)説

 ……作家の高橋源一郎氏が『日本文学盛衰史』で述べたもの。かなり無理やりだなとしか言葉が出てこない。

・夏目金之助説

 ……これは誰が最初とは決めがたい。表記そのもののヒントは確かに自身の英作文の署名にあっただろう。K.ShioharaからK.Natsumeに転じた署名を見た時、やはり私も「あっ」とは思った。しかしこれは飽くまで表記そのもののヒントにとどまるのだろう。

 数年前、高橋源一郎氏もラジオ番組『飛ぶ教室』で『こころ』を取り上げた際にちらりと夏目金之助説考えに傾いているということを述べていた。珍説から珍説への傾きである。

 しかし……「そのように限定し、単一化することは無理であり、又意味が少ない」のではなく意味がない。そこは断言しなくてはなるまい。

 それに岩波はここで重大なミスを犯している。「小屋保治(のち大塚保治)ら実在の人物に擬す説もある」と書きながら、Kは苗字ではないことを説明していない。

 あるいはそのことに気が付いていない。これは高橋源一郎氏、島田雅彦氏だけの問題でもなく、このKのモデル問題に言及した知識人、佐藤優氏や斉藤孝氏にも言えることだ。Kは苗字ではないことに気が付かない人には基礎的な読解力がない。つまり本来は何か人にものを教える資格のない人たちだ。

 まずさらりと「小屋保治」の名前を出したのがいけない。「少ない」と逃げたのがおかしい。さらに「頭文字の意味がさまざまに問われている」とそれが意味のあることのように混ぜ返しているが駄目だ。
 やはり単独モデル説そのものには意味はない。

 そんなにKが好きなら『初秋の一日』のKでも捏ね繰り返していればよろしい。

ちょうど好い、やってくれ


 先ほどの「何かお祝いを上げたいが、私は金がないから上げる事ができません」が『こころ』の中で一番の名言(意味の展開が大きく、深みがある)だとしたらこの「ちょうど好い、やってくれ」はそれに次ぐ名言であろうか。

 私は自分の傍にこうじっとして坐っているものが、Kでなくって、お嬢さんだったらさぞ愉快だろうと思う事がよくありました。それだけならまだいいのですが、時にはKの方でも私と同じような希望を抱いだいて岩の上に坐っているのではないかしらと忽然疑い出すのです。すると落ち付いてそこに書物をひろげているのが急に厭になります。私は不意に立ち上ります。そうして遠慮のない大きな声を出して怒鳴ります。纏った詩だの歌だのを面白そうに吟ずるような手緩い事はできないのです。ただ野蛮人のごとくにわめくのです。ある時私は突然彼の襟頸を後ろからぐいと攫みました。こうして海の中へ突き落したらどうするといってKに聞きました。Kは動きませんでした。後ろ向きのまま、ちょうど好いい、やってくれと答えました。私はすぐ首筋を抑えた手を放しました。

(夏目漱石『こころ』)

 ここに注が付かないということは、この台詞の意味が解っていないということなのだろう。

 普通ここは「何やってるんだ、やめろよ」か「どうしたお前」と答えるのではなかろうか。しかしここでKが示したのは覚悟であり、質問するまでもなく先生の態度から、先生が何をそんなに苛立っているのかが解っているという告白でもある。

 先生は明確にはそのことには気が付かなない。

 しかし読者はここでKが先生の御嬢さんに対する気持ちを知りながら出し抜いたのであり、先に裏切ったのはKであるという事実に気が付かなくてはならない。そうでなければ「ちょうど好い、やってくれ」とはならない。

 そもそもKは人を欺いても平気な男だった。養子に行って姓が変わったことも先生に言わなかった。養家にも進路変更を告げなかった。真砂町事件も怪しい。(金のないKに足元の悪い中わざわざ出かける用事もあるまいから、お嬢さんとたまたま会ったという話は怪しい。)そのあやしさがくっきりと表れたのがこの「ちょうど好い、やってくれ」なのだ。

 漱石の芝居は大きくない。『行人』の重箱にしても、

 あるいは『三四郎』の広田の牽制にしても、

 よくぞこんな書き方をするなというくらい芝居が小さい。その小さい芝居を見なくては漱石作品を読んだということにはならない。
 ここが読めていないと「先生は卑怯ものだ」みたいなお馬鹿な解釈が出て來る。そんな恥ずかしいことにならないように、ここはしっかり押さえておきたい。

 死ぬ前までには。


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