佐伯祐三 自画像としての風景:3 /東京ステーションギャラリー
(承前)
展覧会の後半で、第1次・第2次滞仏期の作を一挙に堪能した。
章名をそのまま借りると、第1次滞仏期は「壁のパリ」、第2次滞仏期は「線のパリ」である。
曇り空、無人の路地裏。それに激しい筆致……こういった点には、ユトリロやヴラマンクと同じ特徴が認められる。
そのヴラマンクからの罵倒後に、彼らをベースとしながら、佐伯は自分なりの画趣をしっかりと確立した。キーワードが「壁」、さらには「線」ということになる。
「壁」への執心は、ユトリロやヴラマンクにはみられないものだ。パリを描いた先輩画家が(比喩的な意味での)「壁」となって立ちはだかり、その先に佐伯は(即物的な意味での)「壁」を見いだした……言葉遊びのようであるが、そういったことになろう。
前回も画像を掲げた《壁》(1925年 大阪中之島美術館)。土や石、レンガの褪せた色合い、荒れた風合いを描くことに、佐伯は夢中になった。
鑑賞するわたしも、壁の質感に夢中。凝視のポイントを変えていくごとに新たな発見があって、いつまでも眺めていられた。
佐伯は壁とともに、壁に書かれた文字や張られたポスター・看板の文字にも、並々ならぬ関心を示した。
・《運送屋(カミオン)》 1925年
大阪中之島美術館
・《レ・ジュ・ド・ノエル》 1925年
和歌山県立近代美術館
・《門と広告》 1925年
埼玉県立近代美術館
絵のなかのアルファベットは、判読可能なものが多い。
店名などを示す大きな文字はもちろん、殴り書きのようにみえるポスターの小さな文字も、読もうとすれば案外読めてしまう。ちなみに《レ・ジュ・ド・ノエル(Les Jeux de Noel)》は「クリスマスを楽しもう」の意で、おもちゃ屋のコピーである。
このように辞書を引いて意味を調べるのも楽しかろうが、佐伯は記録として文字を「書いた」のではなく、やはり都市の景観を形づくる一要素として「描いた」のだということには違いないだろう。
ここにある文字は「文字列」ですらなく、壁の一部を成す単なる「かたち」にすぎないのだ。
昨今、都内では欧米からの旅行者を目にすることが増えた。
彼らは漢字が大好きで、夏になれば漢字のTシャツを嬉々として着用していたりもする。意味はともかく「かたち」として、漢字をクールなものだと受け止めているのだ。
日本のわたしたちも同じで、英字がプリントされたTシャツを、意味を知らずとも、視覚的にカッコいいからなんとなく着ている。
俗っぽいのは承知のうえだが、佐伯にもきっと、それに似た意識があったのではないだろうか。「壁のアルファベット、なんかカッコいいな……」と。
漢字文化圏からやってきた異邦人だったからこそ、アルファベットの美観を感得できたと言い換えることもできよう。
そして、文字の「かたち」そのものにカッコよさを感じていたからこそ、原形を損なわないように描こうともした。その結果として、画中の文字も判読可能となったのであろうか。(つづく)
