佐伯祐三 自画像としての風景:4 /東京ステーションギャラリー
(承前)
佐伯祐三の「壁」の話を、もう少し……
<参考作品>
・《壁》 1925年
大阪中之島美術館
・《運送屋(カミオン)》 1925年
大阪中之島美術館
・《レ・ジュ・ド・ノエル》 1925年
和歌山県立近代美術館
・《門と広告》 1925年
埼玉県立近代美術館
本展は1月21日の開幕で、4月2日の閉会までは、まだだいぶ余裕がある。
わたしとしてはめずらしく会期の早いうちに訪問したわけだが、そのきっかけは……大竹伸朗さんの著書『カスバの男』だった。モロッコへの旅を文と絵、それに写真をまじえて綴ったエッセイである。
この本のなかで述べられた大竹さんの視点に、佐伯を彷彿とさせるところが多々見受けられたように思われたのだった。そういった記述に出合うたび、「東京ステーションギャラリーへ行こう」という心づもりができていって、機が熟した。
大竹さんは荷物をかかえたまま、街じゅうをとにかくほっつき歩く。著名な観光地だとか月並みな名所には、見向きもしない。興味を魅かれてやまないのは路上のゴミ捨て場であり、家屋の壁であり、店先のショーウィンドウやディスプレイであった。
いずれも、美しくしようという意志のもとに生みだされたものではない。その土地で暮らしと時間が積み重ねられた延長線上に、意図せずしてできたものだ。こういったもののなかにこそ、まばゆいほどの刺激がある——そんなことを、大竹さんは繰り返し述べている。
こうして書いてみると柳宗悦の民藝そのもので、あらぬ方向へ脱線していきそうなものだ。今回はひとまず措くとして……大竹さんの興味の方向性は、なんだか佐伯にとてもよく似ているではないか。
最もそれを感じたのは、モロッコの街角の写真につけられたコメントだった。
大竹さんはその光景を「まったくほったらかしだがパーフェクトなたたずまい」であるとし、「戸や壁の色や質感」や「ポスターのはがれ具合」を「達人の技としか言いようがない」とベタ褒めしている。
この写真が、まるで佐伯が描いたかのような街角なのである。曇り模様のパリと、日差しの照りつける暑いモロッコとで光の具合は異なるが、あとは一緒。写真を佐伯の絵に差し替えても、そのページが成り立ちそうなくらいだ。
他の写真にも、佐伯の視線を感じさせるものがいくつかあった。
佐伯の作品と大竹さんの作品とを並べて類似性がどうのというのは牽強付会に過ぎようが、少なくとも佐伯と大竹さんは、類似する “眼” をもって異国の街をさまよい歩いたのであろうなとは思われた。
佐伯をモロッコに連れて行ったら、どんな絵を描いただろう。(つづく)

