短編小説|七福神シリーズ2|第2話【消えた消えた神の証と、灰の中から現れた影】
七福神の象徴が次々と消え、祠に潜む“偽りの狛犬”が姿を現す──。
七福神の象徴が、一晩で消えた。
その事実を最初に言葉にしたのは、恵比寿だった。
「ない。……どこにも、ないんだ」
絞り出すような声が、冷え切った祠に落ちる。
言霊との激闘を終え、民の苦しみを解放した昨夜。
あの宴の喧騒が嘘のように、朝の空気は重く沈んでいた。
恵比寿の手元から、商売繁盛の象徴である「鯛」が消えた。
大黒天の傍らにあったはずの「打ち出の小槌」も、影も形もない。
七福神は、いつものように祈紙(いのりがみ)に向かう。
チリーン。
鈴が鳴るたびに祈紙を手に取り、仕分けをする。
けれど、いつもの威勢のいいボヤキも、愛のあるボケも、
キレのあるツッコミも聞こえない。
全員がうつむき、黙々と手を動かす。
その姿は、あまりにも痛々しかった。
そう──。
象徴を欠いた神たちは、その神聖な力がどこか抜け落ち、
まるで“形だけの存在”になっていた。
「どこだ……どこに行ったんだ……」
恵比寿は鯛を探してキョロキョロと視線を彷徨わせながら、
力なく祈紙を取る。
大黒天は、小槌を求めて囲炉裏や竈(かまど)の周りを
這いずるように探し回る。
鈴の音にハッとして祈紙を取りに行くが、
その足取りはひどく重い。
残された神たちも、その様子に居ても立ってもいられず、
空気がピリピリと張り詰める。
沈黙を破ったのは、沈着冷静なはずの武神・毘沙門天だった。
「うろたえるなよ」
ため息まじりにひと息つき、
「……俺の槍も……いつの間にか、消えていたぞ」
「ひぃっ!」
最強の守護神から武器を奪うなど、もはやただの紛失ではない。
「探そうぜ!祠からは誰も出てねぇんだ。
この中のどっかにあるはずだろっ!」
大黒天が声を荒げ、半ばパニック状態で祠の中をひっくり返す。
「なくなるというかなー、消えているようじゃな……。
一体、どういうことなんじゃ……」
福禄寿は腕を組み、冷静に思案しているが、
その眉間には深い皺が刻まれていた。
弁財天は震えていた。
その恐怖を悟られまいと、
必死に鈴の音に耳を澄まし、狂ったように仕分けを続ける。
その真面目さが、かえって不気味で、痛々しい。
そして──。
「なんでよぉぉぉ!! いやぁーーーーっ!!」
祠に弁財天の絶叫が響き渡る。
膝の上にあったはずの「琵琶」までもが、煙のように消えたのだ。
恵比寿が必死になだめるが、恐怖は伝染する。
大黒天は、もはや理性を失いかけていた。
「布袋!おっまえか!?お前の袋を見せてみろよっ!」
大黒天が布袋の肩を揺さぶる。
「俺の、なんでも出てくるすげぇ袋なんて、とっくに消えてるわ!
お前さんだって袋を持ってるじゃねぇか。そっちを見せろよ!」
布袋の宝袋も、いつの間にか消えていた。
二人は胸ぐらを掴み合う。
神としての威厳は、そこにはなかった。
「待て!二人とも落ち着け!」
毘沙門天が割って入り、二人を引き剥がす。
「神じゃろぉ。取り乱すなど、みっともないと思わんか……」
寿老人は神としての姿勢を崩さない。
しかし、その視線はどこか遠くを見つめていた。
「……ワシの鹿は……どこへ行ったかのぉ……?」
一同、凍りついたように言葉を失う。
七福神は囲炉裏を囲み、
消えた順番、昨夜の宴、祈りの時間を一つずつ紐解いていく。
そして、ある一つの“違和感”にたどり着く。
「……狛犬……?」
「あいつ、いついなくなった?」
「いびきをかいて、寝てたよな?」
誰も、狛犬がいつ姿を消したのか覚えていなかった。
「待てよ……」
大黒天の顔が急激に青ざめる。
「狛犬が持ってきたあの袋……
中身は言霊だけじゃなかったんじゃねぇか?」
全員の視線が、唯一残っている狛犬の“空の袋”に集まる。
大黒天がおそるおそる袋の底を探ると、
指先に紙のような冷たい感触が触れた。
「……なんだ、これ」
引きずり出したのは、小さく不気味な白い人型の「式神」。
それは意思を持っているかのように手をすり抜け、
囲炉裏の灰の中へ飛び込んだ。
囲炉裏の火が、ふっと揺れた。
一瞬の静寂。
ボフンッ!!
灰が激しく舞い上がり、そこから這い出してきたのは──
紛れもない、狛犬の姿。
恵比寿が立ち上がり、叫ぶ。
「おい!お前、狛犬じゃねーな!誰の使いだ!」
狛犬がゆっくりと口を開く。
「あはは……バレちゃったか」
その声は低く、冷たく。
いつもの相棒のものとは、明らかに別人だった。
毘沙門天が、槍のない拳を強く握りしめる。
「取り押さえるぞ……!」
祠の空気が、張りつめた糸のように震えた。
──第3話に続く。
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