売買春の合法化とセックスワークの非犯罪化の違い
売買春の合法化と、セックスワークの非犯罪化の違いを書いています。
2024年に開催された国連の人権理事会の「女性および女児に対する差別に関する作業部会」の第39回会合の報告書のセックスワークの非犯罪化の勧告の16と17には、こう書いてあります。
16 ニュージーランド、オーストラリアのニューサウスウェールズ州、そして最近ではベルギーで導入された全面的な非犯罪化の取り組みは、セックスワーカーの権利運動によって広く支持されているモデルである。これは、セックスワークに特化した新たな法律を制定する合法化モデルとは異なり、非犯罪化は、セックスワークに特化した刑事罰の規定をすべて撤廃する。ただし、規制が全くなくなるわけではない。その代わりに、他の類似業種に適用される既存の事業規制に統合され、労働安全衛生の基準を含むセックスワーカーの人権と労働権の尊重・保護を目的とした規制が導入される。
17 非犯罪化された環境でもスティグマや社会的差別といった問題は依然として残るものの、ニュージーランドの事例は、非犯罪化によってセックスワーカーの労働条件と権利が改善され、警察との信頼関係が向上したことを示している。
合法化と、非犯罪化の違いは、非犯罪化は当事者主体モデルである、ということです。
合法化の特徴は規制主義で、国による厳格な規制を伴う管理売春で、条件を満たさない者は違法化されて、処罰の対象にもなります。合法化モデルは、国家が許可・登録・監督するもので、主体は国家になります。合法化して、セックスワーカーに自由を与えているつもりが、守っているようでいて排除が起きるのが合法化モデルです。
合法化モデルも、非犯罪化の一種であるという理解から言えば、合法化とは、売春に対する厳格な自治体の規制を伴う非犯罪化を意味するとも捉えられます。
売買春の合法化モデルの問題は、過剰に規制する方針としての性労働管理によって、極一部が合法化されて違法ではない状態になるだけで、その他の合法化ではない広大な領域の違法状態が生まれて、そこが地下化することです。
2024年に開催された国連人権理事会の「女性および女児に対する差別に関する作業部会」の勧告の合法化の15には、「合法化モデルは犯罪化モデルと類似した要素を有するため、このモデルもまた、セックスワーカー運動から反対されている」と、はっきりと書いてあります。合法化を犯罪化モデルの観点から考えると、一部を犯罪化した状態になる合法化は、犯罪化モデルと同じ仲間だとも言えます。
非犯罪化とは、性サービスを売る側も買う側も、第三者の安全管理や共同運営に関連することでも、成人間の合意に基づく行為を刑罰の対象から外すという制度です。ここで重要なのは、国家が「正しい性」を定義しないという点です。
なぜ、非犯罪化は「当事者主体モデル」と呼ばれるのかの核心は、以下にあります。非犯罪化は、国家が管理することでも、国家が救済することでも、国家が道徳を教えるモデルでもありません。当事者が主体となって、どのように働くか、どこで働くか、誰と働くか、どんな支援を必要とするかを決めることを前提にします。国家の役割は後景に退きます。
国家はセックスワークに関連する刑罰を全て外し、労働法と一般法で対応します。暴力や強制は個別の法律で対応して、人身取引は厳罰化します。
国連人権理事会の作業部会などが言っているのは、刑罰がある限り当事者は警察に頼れず、当事者の声を制度が聞かない限り、暴力は見えなくなります。「保護」の名の介入は、実際にはリスクを高めます。
つまり、安全は、管理からではなく、主体性から生まれるという理解です。
非犯罪化モデルでよく誤解されるのは、非犯罪化は「放置」ではないということです。非犯罪化は規制ゼロでも、無秩序でも、何でも自由でもありません。労働安全や健康に暴力の防止や、住居に福祉への支援を一般法で保障します。特別法で「性」を縛らない、というだけです。
セックスワークの非犯罪化は当事者主体モデルであるというのは、売買春の合法化の国による管理売春モデルも、成人間の買春処罰をする北欧モデルも、同時に否定できるものです。
売買春の合法化についての追記。売買春の合法化をするなら、できるだけ非犯罪化のほうに近づけるように合法化の範囲を拡大して、合法化以外の違法領域を狭くするのが理想です。
以下の『FRIDAYデジタル』の生駒明氏の記事に、当記事内の文章が無断で載ってあります。記事の最後に、「この他、多数の書籍、ネット媒体などを参照しました」とあります。当noteの記事の内容が広まることが重要なので、事前連絡なしで、掲載してあっても問題ありません。
当記事は2025年12月21日に公開したもので、『FRIDAYデジタル』の記事は2026年6月17日に公開しているので、元の文章は当記事の内容です。
