【鬼滅の刃と子育て⑥】『鬼滅の刃』が教えてくれた、子育てという”呼吸”の「柱」になるということ。
最終回となる今回は、これまでの物語を振り返りながら、『鬼滅の刃』が教えてくれた子育ての「柱」とは何か、私なりの答えを紡いでいきます。この旅の始まりや、これまでの道のりを見逃した方は、ぜひ過去の記事も覗いてみてくださいね。それでは、旅の終着点へ、まいりましょう。
前回の記事はこちらです👇
スクリーンの中の壮絶な戦いと、目の前の愛おしくも悩ましい我が子の姿。一見、全く違う世界に見えて、そこには驚くほど多くの共通点がありました。
この連載を通して、私はいくつかの問いを立ててきました。最終回となる今回は、その一つひとつの問いに、これまでの物語を振り返りながら、私なりの答えを紡いでいきたいと思います。
問い1:私たち親は、子どもにとってどのような存在であるべきか
鬼殺隊における「柱」とは、単に最強の剣士というだけではありません。彼らはそれぞれが極めた「呼吸」の使い手であり、その存在そのものが、若き隊士たちが絶望の中で進むべき道を示す道標です。
これこそが、私の最初の問いへの答えです。親とは、子育てという「呼吸」を日々実践し、子どもにとって何があっても揺るがない「心の安全基地」を築く「柱」であるべきなのです。
「子育て」という呼吸。それは、特別なことではありません。日々の生活の中で、意識的に息を吸い、吐くように、愛情を持って子どもと向き合う実践そのものです。
第1回でお話ししたように、私たちは鬼殺隊の隊士たちの行動の裏にある「背景」を知ることで、彼らに深く共感しました。子育ても同じです。子どもの理解できない行動やかんしゃく(イヤイヤ期もそうですね)の表面だけを捉えるのではなく、その裏にある「悔しい」「悲しい」「見てほしい」といった心の声(背景)に寄り添うこと。過去の記事「叱らない育児」でも触れたように、この姿勢こそが、「自分は理解されている」という絶対的な安心感の土台を築きます。
親が自分の感情を理解し、受け止めてくれる。その経験が、子どもにとって何よりも強固な心の拠り所、すなわち「安全基地」となるのです。
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