🧭ハヤトの冒険04|風が動いた日
ハヤトの冒険
01|選んでしまった一歩
02|キキを追ったその先に
03|風が動く日気をつけろ
04|風が動いた日← 今ここ
その日は、朝から風が強かった。
家の中までざわざわと音が入り込み、
枝が揺れるたびに葉がぶつかり合って、
いつもより少し低い音が鳴っている。
「今日、風すごいな」
ハヤトは窓の外を見ながら、しばらく動かなかった。
ただ強いだけじゃない。
どこか重くて、でも妙に抜けているような。
「なんか、変な風」
こんな日は家でゆっくりするに限る。
借りてきた本もまだ読んでないし、
道具の手入れもしなきゃいけない。
ふと机を見ると、先日拾った紙切れが目に入った。黒く滲んだあの一文。
──風が動く日、気をつけろ──
「……風」
関係があるはずがない。
たまたま拾ったメモだ。
それでも、何かが引っかかる。
「……風が動く、か」
ハヤトはもう一度窓の外を見る。
今日は風が強い。
ただそれだけ──のはず。
なのに気になってしょうがない。
でもこんな日に出かけたら、多分心配される。おとなしく家にいなさい、と言われるに決まっている。
だけど、今日は誰もいない。
しばらく迷ってから、ハヤトは立ち上がった。
「……ちょっとだけ」
誰に聞かせるでもなく小さく呟いて、上着を羽織る。それから扉に手をかけた。
◆
森の中に入っても、見える景色はいつもと変わらなかった。
見慣れた道、見慣れた木々。
風は強いけど、足元がぐらつくほどじゃない。
それなのに、どこを歩いているのかが少し曖昧になるような、変な感じがする。
一度立ち止まる。
辺りを見渡してみたが、やっぱり分からない。
──突然、ひときわ強い風が吹き抜けた。
ハヤトは思わずよろけそうになる。
それから、どこからともなく音が聞こえた。
カラン……
森の中では聞き慣れない、硬くて小さな音。
ハヤトは少し驚いたような顔を上げる。
もう一度、風が抜ける。
カラン……
カラン……
と、今度は少しだけ遅れて音が返ってきた。
「……どこだ?」
目に見えるものは何も変わらない。
少し歩いて耳を澄ませる。
湿った土で足元がわずかに沈む。
また風が抜けて、同じ音が鳴った。
今度は、さっきよりも近い。
視線をゆっくりと動かす。
木々の間、揺れているものを探す。
最初は分からなかった。
でも音の方へと足を進めていくと、枝の一つが、わずかに揺れているのを見つけた。
「あ!」
揺れる枝のその先に、細い紐のようなものが垂れているのが見えた。
「あれか!?」
さらに一歩一歩と近づく。
カラン、とまた音が鳴った。
紐の先に、見慣れない何かがぶら下がっていた。それが風に当たるたび、幹に触れて音を鳴らしていたようだ。
「これか」
手を伸ばして、そっと掴む。
揺れが止まり、それから音も止まった。
指先に、ひやりとした感触が残った。
「……金属?」
「いや、石かな」
形は見慣れない、不思議なものだった。

丸い穴に紐が通されていて、
首にかける装飾品のように見える。
けれど、どこか違う。
首飾りにしてはちょっとゴツいし、
鍵にしては変な形だ。
これだ、という用途が浮かばない。
でもとりあえず、紐を枝から丁寧に外す。
手に持って眺める。
弾いて音も確かめてみる。
キィンと、ちょっと甲高い音がした。
「何に使うんだろ。よくわかんないけど……」
ハヤトはもう一度だけ、木の方を見る。
風が抜け、枝が揺れる。
音は鳴らない。
「……誰かの忘れ物かな、きっと」
小さく息を吐いて、そのままポケットにしまう。ハヤトはその場に立ったまま、森の奥をしばらく見ていた。
ひゅう、と風だけが変わらず森を抜けていく。
このまま進めそうな気もするし、今日はここまでにした方がいいとも思う。
先日の雨のことが頭に残っていて、無理に動かない方がいい日もある、と分かっていた。
「……無理しない方がいいか」
小さく呟いて、踵を返す。
ポケットに手を入れると、冷たいものが触れた。
さっきまであれほど吹いていた風が、今は嘘みたいに静かだった。
まるで、何かを見つけさせるためだけに吹いていたみたいに。
ハヤトは少しだけ振り返る。
けれど森は、何事もなかったみたいに静まり返っていた。
(続く)
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