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「木の上の軍隊」(備忘録的感想)

原案は井上ひさしの2行のメモ書きで、彼の死後、こまつ座とホリプロが舞台化したとのことだ。
本作は沖縄出身の平一紘が監督と脚本を担当しているが、舞台版の方に登場していたガジュマルの木の精霊は描かれておらず、より事実に近く見えるように制作されているようである。

終戦間近、昭和20年5月の沖縄伊江島。
日本軍は、伊江島にいくつもの滑走路を建設し、不沈空母とする計画を立てていた。
宮崎出身の山下少尉(堤真一)は、実直な性格で上司の命令を厳格に守る男で、滑走路建設の現場にいた。
実際に建設を行っていたのは、現地で採用された安慶名セイジュン(山田裕貴)などの兵士たちであった。

工事は粛々と進められたが、米軍が沖縄本島上陸の足がかりとすべく伊江島占領を狙っており、米軍の艦砲射撃が激しくなっていた。
日本軍はやむなく伊江島をあきらめ、せっかく作った滑走路も爆破する。
その間も多くの島民が行き場をなくして犠牲になっていた。
やがて米軍が伊江島に上陸、兵士も島民も散り散りになって逃げることとなった。

セイジュンと山下は二人で逃げることになるが、米軍から身を隠すためにガジュマルの木に上った。
山下は、ここで巻き返しをはかる日本軍の援軍を待つと言う。
しかし、すでに島は完全に米軍に占領されており、味方の日本軍どころか民間の日本人の姿も見えない。
やがて8月に日本は降伏して終戦を迎えるが、二人はここから約2年間、樹上で生活することになる。

生粋の軍人である山下と、地元で徴兵されたセイジュンの戦争、そして生きる事への価値観の違いを描いている。
それはそのまま、当時の日本軍と日本国民の価値観の違いと言い換えてもいいかもしれない。
これまでも同じテーマを描いた作品は数多く、この作品も同じフォーマットで作られるのかと思ったが、堤真一と山田裕貴のキャスティングと演技力で、かなり完成度が高くなっていた。
堤真一が頑ななまでに軍人である事にこだわり、山田裕貴は軍人に反発するのではなく、純粋に自分の願望として「生きたい」と強く願っている。

戦争がテーマの作品だと、軍人が名誉にこだわって国民を犠牲にした、と描かれるパターンが多かった。
しかし最近、自分の名誉にこだわった軍人は、それほど多くなかったのではないかと言う気がしている。
特に現場の軍人は、同じ死線で戦い、先に逝った仲間にこのままでは顔向けができない、その理由で戦う事にこだわらざるを得なかったのではないだろうか。
それは、生き残って帰還した元日本軍兵士の中で、戦争について語らなかった人が事が多い事でもわかる。
生き残ってしまった罪悪感で、何も語ることができなかったのではないだろうか。
戦後80年が経過し、従軍した方が亡くなった後に発見された手記にも、そのように書かれている物が多い。

話を映画に戻すが、堤真一の山下は真面目な下士官で、まさにこのままでは仲間に顔向けができないと考えていたのだと思う。
若いセイジュンは山下の心情を推測する事もなく純粋に心配し、敵の缶詰など食べられるかと言う山下に対し、日本軍の空き缶に入れ替えた食料を渡す。
この二人の距離感が、非常に巧みに表現されていた。

製作委員会には沖縄の放送局、新聞社が名を連ねており、オール沖縄で作られた作品のようだ。
全国紙や在京キー局のTV局、大手3社の映画会社が入っていないためか、上映劇場も少ない。
しかし、もっと多くの人に観てもらいたい作品だと思った。

97.木の上の軍隊

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