渋川難波は「修学旅行の夜」を抜け出し、堀慎吾は社会人入学を決めた
ホリシブ団体移籍の報について、鋭い論点提起を読んだ。
引用したnote記事を簡単に要約すると(文責は本記事の筆者)
1.Mリーグは「競技麻雀」ではないのか?
2.「「競技麻雀」に注力する」というテーゼは、「Mリーグから離脱する」を意味しないのか?
3.移籍者が両方サクラナイツ所属なのは偶然か?
4.タイトルは回数を重ねるものではなくコレクションするものなのか?
といった疑問点が連ねられている。
本noteは、元記事では抑制的な筆致に留まっている個々の内容の考察について、勝手ながら筆者が独自に検討を深めてみたものである。
1.Mリーグは「競技麻雀」ではないのか?
一般に「プロ」というとき、「それを仕事・生業にしている人」と解釈することが多いが、こと麻雀界において、それは「団体リーグ戦やタイトル戦への参加資格を得るために、資格試験によりスクリーニングを受け、所属団体に運営費の納入を行っているサークルメンバーたち」を意味する。そして、そうした団体リーグ戦やタイトル戦のことを狭義の「競技麻雀」と定義しているように見受けられる。(広義の「競技麻雀」は、私設リーグや雀荘主催の大会なども含みこむであろう。)
渋川は「麻雀プロは個人事業主」という表現をしたが、ここで「個人事業主」とは、厳密に「税務当局に届出を行い事業活動をしている個人事業主」というよりも、「当該サークル活動について、個人の責任において参加することを決めている当該個人」とでも描写するのが精確であろう。(=従って、サラリーマンがプロ資格を有している場合もある。)
さて、堀の移籍コメントにおいて「麻雀がどんどん仕事になって来てしまった」との趣旨が述べられていたが、彼はMリーグ活動を通して、岡田の横に並べられてTikTokダンスを披露したり、アクスタ制作のために馬のスーツをかぶせられたりと、スポンサーがマネタイズのために展開した商業活動に、かなりの程度コミットすることを求められている。
サクラナイツの商業領域は、他のチームに比べても相対的に大きいのだろうと想像できるし、当該コミットメントは質的にも、単なるスポーツ選手のインタビュー等ではなく、エンタメとして、インフルエンサーとしての一挙手一投足にまで繊細な気遣いを求められる、負荷の高い労働であると考えられる。
そうした負荷の高い、麻雀競技それ自体と無関係な労働(しがらみ)だけでなく、オフシーズンのインディアンポーカー麻雀企画など、麻雀プロならではの労働も存在するにはするのだが、それも当該労働に従事している最中はそれなりに楽しいだろうが、「その時間を用いて自己研鑽ができれば」という思いが生じても不思議ではない。
このようにMリーガーたちにとっての「仕事」の負荷が、「サークル活動」を圧迫して来たという、制度的軋みと従事者の悲鳴として、一連の動きには一定の納得感があった。
2.「競技麻雀」に注力するというテーゼは、「Mリーグから離脱する」を意味しないのか?
筆者は渋川の配信は悪手であったと捉えているが、何が悪手だったのかと考えると、「団体移籍」の理由として、上記のような「仕事」と「サークル活動」のバランスを見直したいとの枕詞で説明するのであれば、「仕事の負荷を軽減する」が正しい対応であるはずにもかかわらず、説明が首尾一貫していないためであった。
すなわち「仕事の負荷を軽減する」とは、「Mリーグを辞めます」は極端にしても、少なくとも「Mリーグの負荷を緩和するため、スポンサーと交渉して、商業活動やインフルエンサー活動への義務付け条項について更改を目指します」といった説明がソリューションとして整合的なはずである。
しかるに「移籍します」はこのような「仕事」の負荷とはニュートラルなだけでなく、環境を変えることに伴う余計なエフォート(スイッチングコスト)を求められ、「サークル活動」への比重の移行のためには障害ですらあることが明らかであり、ソリューションとして矛盾していると言わざるを得ない。
渋川配信はこうした理論武装が不十分で、「ボクのワガママで」というレトリックで円満移籍を繰り返しアピールするに留まり、全体的に準備不足だったと振り返ることができる。なお、「A2スタートがダサい」とかは事柄の本質から言って瑣末なことである。(正直どうでもいい)
その歯切れの悪さから、「心配をかけないために」配信したのだと口先で主張したところで、「いや、何が”心配”なの?」と視聴者にはモヤモヤだけが残され、「裏の理由」を憶測される流れを押し留めることはできなかった。
数年前の最高位戦大量脱退が、スタジオ変更に伴う資本関係の打ち切りに起因するものであったとか、セガの魚谷・東城ショックが、スポンサーが展開するサービスへの起用不能という商業上の理由であった等の故事が、こうした「裏の理由」への関心を喚起する遠因となっていることは言うまでもないだろう。
3.移籍者が両方サクラナイツ所属なのは偶然か?
冒頭に述べたように、サクラナイツの商業活動の領域が他チームと比較して相対的に大きいという要因は皆無とまでは言えないだろう。ただ、それはさほど大きい要因とも思えない。
むしろホリシブコンビは、「両方サクラ所属」であると同時にかそれ以上に、「両方協会所属」でもあって、協会という組織の風土や体質が旗艦選手の退出に繋がっていると憶測する方が実がありそうである。
協会Xにおいてホリ/シブ間に温度差があるポストが投じられたり、雀王3連覇は逃したとは言え依然"協会の顔"である仲林が、堀には惜別の辞を述べたのに対して渋川にはノーコメントを貫いたりしたように、世論は総合的に構成され、協会のガバナンスへと視聴者の想像力は導かれる。
筆者が過去記事で何度も言及しているように、麻雀最強戦2023の抽選会において協会プロたちが「飲み会の片手間で」参加した経緯や、あるいは「ホンネがポンっと」の協会回が「修学旅行の夜」と評されたように、協会の中心選手たちは「大学サークル」の色が拭い切れておらず、堀はともかく、渋川はずいぶんと居心地が悪そうであった。
渋川にとって協会は「仕事」と「サークル活動」だけでなく「青春ウェイ」にまでリソース投下を求められる修羅場だったのかもしれない。
そうすると彼の退出は「修学旅行の夜」を抜け出すことを企図するものであり、その退出先が「仕事」と「サークル活動」をある程度シームレスに、システマティックに遂行できると期待できる最高位戦であったことはなんとなく納得できるし、堀の移籍がE3スタートだったことも敢えて自分より若い、異なる世代の人々の間に身を置き、ウェイ的付き合いではなく純粋に技術的研鑽に特化できる環境づくりとの狙いがあると評することもできるのではないだろうか。
このあたりは「憶測」である。
4.タイトルは回数を重ねるものではなくコレクションするものなのか?
引用元記事で特に慧眼と感じたのはこの論点であった。かつて鈴木たろうが協会から最高位戦に移籍する際、「雀王よりも最高位の方が凄いと思われていると感じる」「雀王を何度とっても、最高位には勝てないと思われるのは悔しい」と赤裸々に胸の内を吐露したとされている。
ことほどさようにタイトルは、様々なルール(一発・赤・裏やウマ・オカの算定方法)や勝ち抜け方法(リーグ・トーナメント、一位抜け・二位抜けなど)に対応できる強さを具有していることを証明するためにも、「種類」を揃えていることが重要で、「獲得回数」はさほど重視されていない。
これは例えば「永世女流雀王」を名乗る逢川恵夢が、「レベルの低い協会女流の一群の中で一番と言うだけ」「要は井の中の蛙」との意地悪な評につきまとわれ続け、そしてまたそれを覆すほどの成績を、今のところ団体の垣根を越えたフィールドであるMリーグでは修めていないことなどから、継続的に証明されてしまっているという一面もある。
そうであるなら、各団体リーグ戦の「ルール・勝ち抜け方法が半永久的に改定されない」こと、そして「メンバーがほとんど固定されている」ことは、一度タイトルを獲得した選手が、当該タイトルを継続的に狙っていくモチベーションを逓減させていく、硬直した制度と言わざるを得ない。
このように考えれば渋川の移籍の動機が明らかになるとともに、引用元記事が「もっと移籍しやすい環境を作れば良いのでは」や、あるいはもっとラディカルに「5団体を統一して、毎年どのルールのリーグに登録するかを選手が決めれば良いのでは」といった制度改革へと展開されるのは当然の理路であろう。
渋川の配信は、本当に「憶測」を止めたいのであれば、観ている側にはどうもピンとこない、こうした「モチベーションの維持」という観点について、もっと詳しく説明すべきであっただろう。
せっかく多くの登録者数をもつ渋川式であるのだから、こうした機会に「雀王を複数回獲ったところで旨味はない」「多くのタイトルを獲得するチャンスを各プロに与えるため、団体間移籍は活発化してほしい」といった問題提起をするまでに至れば、もっと世論を喚起したのだと思うが、現状では「炎上知らずの渋だったけど、なんとなくダーティイメージがついちゃったな」となっているのは、協会の発表タイミングの調整が慌ただしく、準備に時間をかけられなかった事情はあるとはいえ、非常にもったいないことだったなと感じている。
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