俺んちの盆カレー物語 勘違いからの最終話~スーパードライ・鉄仮面・智恵子の大暴走、結局それでよかった話~
昨日はちょっと飲みすぎたかな……。
まだぼんやりする頭の中を整理して、智恵子はベッドから出た。
キッチンには空の缶チューハイが4本。暑いから外に出たくなくて買いだめしてたやつだ。
とりあえず洗面所で歯を磨き、顔も洗うと、お盆休み中とはいえ教師モードに切り替わる。
コーヒーを淹れ、ノートパソコンを立ち上げて、夏休み明けの授業に使う資料などをまとめ始めた。
一方、正一は朝からてんてこ舞いだった。シロに寝床を与えたのはいいが、まだ排泄のしつけもしていない。
おまけに少しお腹がゆるいのか、寝床に敷いていたタオルも、シロミの下半身も結構汚れている。
あわてて千夏を起こし、どうせボロタオルだし、ゴミ袋に突っ込むように指示をした。
正一はシロミを風呂場へ連れて行き、ぬるめのシャワーできれいにしてやった。
身をゆだねているシロミを見ていると、赤ちゃんの千夏を風呂に入れたとき、気持ちよさそうに湯船でウトウトしてたのを思い出した。
シロミに何か食べさせるのは、動物病院に連れていってからの方がよさそうだ。
正一は千夏にお盆休み中でも診てくれる動物病院をスマホで探させ、朝飯は卵かけご飯で済ませた。
千夏はというと、朝飯よりつけまつげに必死だ。
すぐそこに行くのに必要なのか?それって。
顔を洗い、毛量の少なくなった髪をさっととかすだけの正一は思う。
俺ももっと頭の毛が少なくなったら、千夏みたいに何か頭にくっつけたくなるかもな。
病院で診てもらうと、シロミは母犬とはぐれて栄養状態が悪かった。
少し脱水気味だったので注射もしてもらう。
正一は怖くて震えているシロミを優しくなでて、
「よく頑張ったな」と教師時代の口ぶりで褒めた。
帰宅して、ふやかしたドッグフードに病院からもらった薬を混ぜてやると、最初は匂いだけ嗅いでいたが、空腹だったのか一気に平らげた。
なんだか昼飯を食べたら正一も眠くなってきた。
コタツ布団を取った掘りごたつの周りにある、ござの座布団を二つ折りにして頭の下に差し込むと、正一は昼寝を始めた。
心地よくまどろんでいると、シロミとタオルを引っ張りっこしながら遊んでいる千夏に肩をつつかれる。
時計を見ると、もう夕方4時だ。
あぁ、そうだった。
ここは東京じゃなくて俺の実家だったと、正一は我にかえった。
「夕飯は何がいい?」
智恵子が遅い日は、よく千夏に聞いていたっけ。
「うなぎにしよう!」千夏が朝刊のチラシを広げる。
「私、特上!」あっさり決まるところが智恵子似だ。
配達は混んでいて、届くのは7時過ぎらしい。
先にプレミアムビールの栓を抜き、掘りごたつの上に置くと千夏にも一杯勧めた。
その時、正一のスマホが鳴った。智恵子からだった。
「もしもし、千夏はちゃんとそっち着いたかしら?」
正一は軽く一杯やっているのもあって、少しテンション高めに応じた。
「大丈夫だよ〜それより家族が増えてさー白くて小さくて……」
と言い終わる前に、電話口から智恵子の絶叫がした。
「なんで話してくれなかったの?!なんで!!」
何でと言われても、シロミが正一の家族になったのは昨日だ。
そんなの仕方ないでしょ、名前ももう決めたよと言う正一に、智恵子はまたしても絶叫した。
「名前決めた?!冗談じゃない!!もういい、今からそっち行くから!!」
そういうと同時にスマホが切れた。スピーカーにしなくても智恵子の絶叫は千夏に伝わった。
智恵子は焦った。
千夏が妊娠?仕事を辞めたのは、きっとつわりがきつかったんだ。
新幹線の自由席に乗り込み、なんとか座れた後で、落ち着いて考え始めた。
母親失格だ。
教師なんてやってるけど、自分の子どもに一番向き合えてないじゃないか……。
智恵子の自責の念と同じくらいのスピードで、外の景色は流れていった。
正一の実家がある都市に着くと、そこからタクシーで15分。
夜遅く、正一の実家に着いた智恵子は、勢いよく鍵のかかっていない玄関を開けた。
ほろ酔いの正一、座布団を枕にタオルにくるまって寝ている千夏、掘りごたつには瓶ビール。
「おーお疲れさん!」上機嫌な正一。
うたた寝している千夏。
智恵子は卒倒しそうだった。
いくら能天気でも妊婦にビールを飲ませるなんて!!
「妊婦にお酒なんて飲ませて! あんたなんか父親失格だわ!!」
智恵子の絶叫に千夏も目を覚ました。
「妊婦??」正一と千夏が顔を合わせる。
智恵子は千夏のそばに来て、今度は教師らしい落ち着いた口調で話し始めた。
「千夏、ごめんね。お母さんが悪かった。何にも千夏の話を聞こうとしなかった」
突然謝られて戸惑う千夏。
「千夏、今何か月なの? 怒らないから話してごらん」
ここまできて、やっと正一と千夏は気がついた。
智恵子は何か勘違いしている。
電話で話した“家族が増えた”をシロミのことじゃなくて、千夏が妊娠したと思ったのか。
千夏がストレートに言った。
「私、妊娠なんかしてないよ」
智恵子が固まった。え……?
正一が「家族が増えたってこの子だよ」と、シロミが眠っているケージにかけてあったタオルをめくった。
—私はとんでもない勘違いをしてここまで来たのか。
「……ごめん」
誰からともなく吹き出し、大笑いが始まった。
何年ぶりだろう、こんなに一緒に笑ったのは。
笑い疲れたころ、智恵子のお腹が鳴った。
またみんなで笑って、正一は昨日の残りのカレーを温めた。
最後のプレミアムビールの栓を開ける。
新しい家族に乾杯!
シロミが小さく尻尾を振った。
三人の笑顔が、その小さな尻尾みたいに揺れた。
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