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野心と謙虚 | 企業にとって、それはOSかアプリか / 新製品は、愛する我が子

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企業にとって、
それはOSかアプリか

企業をコンピュータにたとえるなら、哲学や価値観がOSだ。アップデートはできるがバージョンアップまで。入れ替えはNG。別の企業になってしまうから。OSで作動するアプリケーションは、戦略や方針、製品や広告、企業活動全般。社員も入れ替え可能なアプリの次元にいる。変革という号令で賑わう今日、それはアプリレベルであることが望ましい。アプリがOSのようにふるまうと厄介なことになるから。アイデンティティ・クライシス。企業だけではない。さまざまな領域で、世界中で起こっているのではないかと警鐘をならしたい。自分たちはなにものか? 

013
新製品は、
愛する我が子

製品開発担当の人が、テーブルの中央に新しい製品を置いて説明を始める。「この子は‥」。広告制作のオリエンでかつてよく聞いたフレーズ。この言葉は一つの企業文化だった。新製品は、愛する我が子。ビジネスだから生活者に必要とされることが最も大切だが、製品の完成度につながる理屈を超えた愛情、その絶大な力を信じる風土は不可欠なものだ。親を前に、こちらも気持ちが引きしまる。売れるか売れないか、その前に愛情。このフレーズがまた聞きたい。


(追記)
「野心と謙虚」は、ここ2,3年(2023年-現在)書きためていたメモをベースにまとめた短文集です。第一回目がこちら、第二回目がこちら、第三回目がこちらです。今回は主に企業を舞台にしたアイデンティティや、ロジックを重視する一方で忘れかけているかもしれない愛情について。

先日、仕事をさせていただいた関係で、ある海外メーカーの新車発表会に行ったんですが、トップの方がスピーチされるわけです。で、その話が。
ビジネスコミュニティで語られるようなキーワードが気持ちいいほど一切登場しない。生活者に届けたいPRだからそうなのだろうけど、対象の中にはプレスもいる。でも、サステナビリティのサも多様性の多も、世の中をこう変えたいのだというマッチョパーパスな拳もない。
ただ、こういう車をつくりたかったという情熱と、いい車なんだよ見て、という我が子を送り出す親の溺愛が伝わるのみ。当然のパラダイムや社会責任は語る必要がないという潔さ。愛を語るときビジネス界隈のキーワードは野暮。企業やブランドの「らしさ」というものは、商品やサービス開発に注いだ情熱と、もうひとつ、愛情というパーソナルで見えないものから滲み出て、積み重なるものだとあらためて思ったわけです。

「この子は‥」の精神。ものづくりに携わるはしくれとして自分も肝に命じていくつもりです。

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