銀河漂流記 ーー1冊目のファイル(1話)
アダムのノートと母の面影 ~2つの夢を追いかけて
ミタさんが病室を出て行ってから、ボクは「ユートピア」――誰もが幸せに暮らせる持続可能な高度文明社会を実現させる「奇跡の術式」を記したというクリアファイルを読むことにした。
彼女に泣き顔を見られたのは恥ずかしかったが、思いっきり泣いたら気分がスッキリし、前向きな気持ちになれたのだ。
そうだ、いつまでもくよくよしていたら、リョウさんは悲しむだろう。プランCを成功させることを、彼は心から望んでいるのだから。頑張らなきゃ。
そう気分を切り替えられたのである。
気分が明るくなれたのは、ミタさんに会えたことも大きかった。
亡き母に似た彼女に優しくされたことで、一度は潰えたかに思えた「母に似た女性と結ばれる」という夢が、にわかに蘇ってきたのだ。

もちろん、ぬか喜びになる可能性は大いにある。
何しろ、あんな美人だ。おまけにこれほど優しいとくれば、誰も放っておかないだろう。もしかすると、もう結婚しているかもしれない。
そう考えると、途端に落ち着かなくなる。
それにしても、類人猿に近い顔をした古代人から、あれほど現代的で洗練された美人が生まれるとは……。
たった60年という月日でも、急速に文明が進歩すれば、人間の容姿の進化も早まるのだろうか。
だとすれば、これも未開の地を切り拓いたリョウさんたちの功績といえるだろう。
いずれにしても、恋愛を成就するためにも頑張らねばならない。宇宙飛行士が存在しない時代には、もはや、かつてのような「成婚率No.1」を誇るエリート宇宙飛行士の肩書は通用しないのだ。今のボクは、目覚めたばかりの患者に過ぎない。
いや、リョウさんからボクがどういう存在であるか聞いてはいるはずだから、単なる患者として見ていないかもしれない。
それでもボクは、まだ何者でもない未知数の若造なのだ。期待と不信感、半々といったところだろう。
だが、リョウさんの後継者として、この星にユートピアを築き上げる。そのリーダーにふさわしい男になれば、ミタさんのハートを射止めることだって夢ではないはずだ。

猛烈なやる気がわき上がってくるのを感じながら、ボクは枕元の小机の上に置かれた4冊のファイルに目をやった。そして、決意を込めて一番上のファイルに手を伸ばす。
ファイルの表紙には、「№1」と書かれたテープが貼られていた。
順番としては、これから読むのが正解なのだろう。
念のため、小机にある次のファイルを見ると、やはり「№2」と記されたシールが貼られている。
このファイルを持ってきてくれたミタさんも、それを配慮した積み方をしてくれたようだ。優しい心配りに、また好感度が上がった。
手にしたこのファイルは他のファイルより薄く、腕力の落ちたこの体でも扱いやすい。その点においても、最初に読むにはうってつけだ。
よく気が回るリョウさんのことだから、そこまで考えてくれたのかもしれない。さすが、ボクの憧れの人だ。
どんなに頑張ってもリョウさんを超えられないかもしれないが、少しでも近づけるよう、精一杯自分を磨いていこう。
目標にできる人がいることの喜びを感じながら、ファイルを開く。
最初のページには前書きがあり、このノートで扱うテーマについて触れられていた。

手書きの文字は、紛れもなくリョウさんのものであった。
乱れのない、心のこもったきれいな字。彼の人柄や端正な容姿までもがそのまま表れているような美しく整った字形だ。
リョウさんに再会できたような気がして、うれしくなる。
いつからノートを書き始めたのだろう。
紙の端が少し焼けているのを見ると、随分と昔のようだ。この60年の過酷な歴史が伝わってくるようで、胸が熱くなった。
ざっと読んで要約すると、環境の限界を超えない適正な規模に経済をスリム化させ、持続可能な高度文明社会を実現するために、いかにしてシステム全体の無駄を省き効率化を極めるか。その秘策が明かされているようだ。
なるほど、ホログラムのリョウさんが語っていた「エンジンの熱効率を極限まで高め、車体そのものを徹底的に軽量化することに成功したコンパクトな自動車」の応用というわけか!
これは、楽しみだ。
ボクはワクワクしながら、2 枚目のページをめくった。

次回の話
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