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銀河漂流記 ーー遥かなる再会の空(14話)

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目次
登場人物
自己紹介

ハイブリッドカーの福音とハンカチの慈愛

リョウさんは何とか咳を鎮めると、見苦しい姿を見せたことを謝罪してから、余力を振り絞るように説明を再開した。
『燃費を良くするには、他にも有効な方法がある。エンジンの熱効率を極限まで高め、車体そのものを徹底的に軽量化することだ。そうすれば、少ないエネルギーでより遠くへ、より力強く進めるようになる。これを都市や組織全体など、ユートピアを形成するあらゆる分野に応用するんだ』

彼は映像をコンパクトカーに戻すと、その小さな車体を愛おしそうに指さした。
『だからこそ、この「コンパクト」という形が重要なんだよ。この車はその軽量ボディや熱効率に優れた高性能エンジンを手に入れたことにより、燃費でガソリン車の倍以上の性能を叩き出した。
それに対し、ブクブクと膨らんだ効率の悪いメタボ経済を改めないまま、無理に環境負荷だけを低減させようとすればどうなるか。人間でも、体格の大きな人が無理をして痩せようとすれば不健康になるだろう? それと同じ結果になる。
重要なのは、適正規模への転換によって環境負荷を低減するというアプローチなんだ。それを無視して、無茶なダイエットのような対策を進めれば、必要なインフラや生活の質を削ぎ落とすことになり、住民に多大な負担を強いることになってしまう。それじゃユートピアではなく、ディストピアに突き進んでしまうよ』
声を枯らして一気に説明したせいで、リョウさんは再びせき込む。咳がおさまるまでの時間が、だんだん伸びていく。
彼は苦しみながら呼吸を整えると、ホログラムの運転席を震える手でタップする。
そこにドライバーが現れた。

『変える必要があるのは、車だけじゃない。人もだ。いくら車が完璧でも、ドライバーの運転が乱暴で道を間違えてばかりいたら、燃料が浪費されてしまうからね。だからこそ、政治を暴走させないための仕組みや優れた政策を生み出す立案システムが必要になるんだ。
そしてそれを実現するには、民主主義の刷新も必要になる。民衆が優れた政策や政治家を選べなければ、ポピュリズムに走った政治家にハンドルを握らせることになってしまうからね。だから、民衆が優れた政策や政治家を選べるよう、彼らの審美眼を磨く仕組みの発明も重要になるんだ』
リョウさんは急ぐように説明をすると、ダムが決壊するような勢いの激しい咳をした。
前よりもノイズが荒くなり、画像も薄くなっていく。
もう限界のようだ。切なくて、見ていられない。

しかし、彼は苦痛に歪んだ顔を上げ、最後の力を振り絞った。
『……だが、まだ足りない。住民の満足度を高めるために安全と快適を極める工夫、無駄を価値に変える循環型社会の浸透……技術革新を絶えず続けることも不可欠だ。経済規模をプラネタリー・バウンダリー(環境の限界)に合わせていても、活動を続ければ悪影響は出る。それに対応できる技術力を高め続ける必要があるのだよ。
そして、「金」という最後の壁……。資金がなければ車をつくれないように、ユートピアの建設には金がかかる。そのために、潤沢な資金を集められる仕組みを発明せねばならん。ただし、コストパフォーマンスが悪ければ経済がメタボ化してしまう。
また、貧困のない世界の実現も必須だ。生活に余裕がなくなれば、人は目先の利益に走ってしまうからな。この2つの問題を克服できないと、依存からの脱却は不可能になる……』

リョウさんの像は、今にも霧に溶けてしまいそうなほど淡くなっていた。
だが、その言葉は、ボクの意識の底に重く、深く沈み込んでいく。

『その難題を解く鍵が、この4冊のファイルに記されている。しっかり読んで、自分のものにしてほしい』
リョウさんはそう言うと、死力を尽くしてゴールテープを切った直後のランナーのような、荒い息を吐いた。
しかしその表情には、激しい苦痛を通り抜けた後の、晴れやかな達成感が滲んでいた。

そして彼は、最後に残った力をすべて集めるようにして、ボクが憧れた、あの頃のエネルギーに満ちた明るい声を響かせた。
『後は、頼んだぞ。あっちで、いい報告を待っている。……それと、自分自身の幸せも大切にしろよ。元気でな』

リョウさんのホログラムは、最後に少年のように屈託なく微笑んだ。
そして、ロウソクの火がふっと消えるように、光の粒子となって闇の中へ還っていった。

「リョウさん……」
静まり返った病室で、ボクの涙腺は決壊した。
60年もの間、必要以上の水分を補給できなかった体のどこにこれほどの水分が余っていたのかと思うほど、涙が湧き水のように溢れ出し、頬を伝っていく。

堪らなくなり、ボクはクリアファイルの上に置かれたハンカチに手を伸ばす。
そして瞼をハンカチで覆ったとき、病室のドアが開く音がした。

「大丈夫……?」
懐かしい声が聞こえてくる。遠い、遠い昔に聞いた、忘れかけていた母の声だ。

「お母さん」
泣きながら呼びかけ、剥ぐように瞼からハンカチを外す。
だが、そこにいたのは母ではなく、心配そうにボクの顔をのぞき込むミタさんだった。
ボクは慌てて、再びハンカチで顔を隠した。

「我慢しないで、思いっきり泣いてください」
ミタさんはボクの肩に、静かに手を置いた。柔らかな重みと熱が、Tシャツ越しに伝わってくる。
「泣く権利は、男性にもあるのですから」

「権利」――その言葉を耳にした瞬間、胸を突く温もりとともに、冷水を浴びせられたように背筋がピンと伸びる、不思議な感覚に襲われた。
どこかで聞いた覚えのある、毅然とした響き。どこかで見た記憶のある、鉄のように揺るぎない眼差し。

「あ……」
喉の奥で、言葉にならない吐息が漏れた。
目の前にいるのは、間違いなくミタさんだ。
でも、ボクを見つめるその瞳の奥には、ボクの魂に刻み込まれている「誰か」が、確かに息づいているような気がした。

正体をつかみきれない、けれど逃れようのない既視感に混乱しながら、ボクは母に甘える子供のように、声をあげてむせび泣いた。


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