銀河漂流記 ーー1冊目のファイル(5話)
適者生存の楽園~再生の希望
看護師に朝の支度を手伝ってもらい、今日も一冊目のファイルをベッドの机の上で開く。
今日のテーマは「適材適所の徹底を実現させる方法」だ。
その目的は、労働生産性を最大化することにある。
それぞれの「得意」を最大限に活かせる配置を行えば、個人のパフォーマンスは最高潮に達し、結果として社会全体の労働生産性を押し上げることができる――というのがリョウさんのロジックだ。

労働生産性の最大化は、生産性を極限まで高めるための不可欠な要素の一つだ。
もう一つの要素として、リョウさんは「機械」を挙げていた。
人間と機械、この二つのリソースを最適化することこそが、生産性を最大化する最良の手段だと彼は考えている。

リョウさんがここまで生産性を重視するのは、環境負荷の低減と高度文明を両立させ、持続可能な社会を築くためだ。
この難題を解くには、経済を環境の限界(プラネタリー・バウンダリー)に収まる規模まで適正化しなければならない。
生産性の最大化がその助けとなるのは、効率的に成果を上げられる構造を築くことで、経済規模を無駄に膨張させる必要がなくなるからだ。
リョウさんは、この「適材適所の徹底」を実現するために、個人の適性と実力を多角的に、かつ公正公平に評価できる採用試験のアイデアを掲げていた。
さらに、常にベストメンバーであり続けられるよう、運用の段階でも調整を繰り返す工夫を行うという。
リョウさんの描くユートピアは、既存の社会システムに改良を加えたようなマイナーチェンジではない。
それは、文明の設計思想そのものを根底から塗り替える「ゼロからのフルモデルチェンジ」と呼ぶべきものだった。
それゆえに、あまりに過激な速度で未知の領域へと突き進むレーシングカーの助手席に押し込められたような、制御不能の恐怖をボクは抱いていた。
一歩間違えれば、これまでの常識も自分自身の存在もバラバラに砕け散ってしまうのではないか――。そんな不安が、ノートをめくる手を拒ませていたのだ。

だが、昨日の内容は過激な言葉よりも、知的好奇心を強く刺激する言葉が上回っていた。
おかげで、今日はむしろページを開くのが楽しみなくらいになっている。
その高揚感のせいか、クリアファイルが昨日より軽く感じられた。
ページをめくる指先も、心なしかスムーズに動く。
といっても、体感的な負荷が「スクワット300回」から「250回」に減った程度の微々たる変化ではあるが。
(ひょっとして、もうリハビリの効果が出ているのか?)
ボクのリハビリを担当するのは、ササキという作業療法士だ。
年齢はボクより五歳ほど上だろうか。筋骨隆々とした
体躯に、少ない口数と乏しい笑顔。
正直、彼が担当だと知った時は「参ったな」と思った。
あの重戦車のような肉体で、体育会系のノリでビシバシとしごかれるのではないかと身構えたからだ。
実際、彼のリハビリは、腕がへし折られるのではないかと思うほどの激痛を伴った。
ボクがうめき声を上げながら「も、もう少し優しく……」と懇願しても、彼は「少ししか力を入れていませんが」と野太い声で平然と言い放つ。

もし彼が獰猛なクマのような風貌をしていなければ、「いやいや、アンタの『少し』は常人の全力なんだよ!」とツッコミを入れていたところだ。
しかし、こうして短期間で効果を実感できるとなると、彼は見た目によらず極めて優秀な作業療法士なのかもしれない。
この調子で回復していけば、リハビリ室へ通える日も早まり、ミタさんに会える頻度が増えるかもしれない。
そう思うと希望が湧き、あれほど不快だった筋肉痛が、フルマラソンで自己ベストを更新した時のような誇らしい痛みへと変わっていく。
ボクは心地よい痛みを感じながら、期待を込めて第4章のページをめくった。
第4章:労働生産性の最大化を成功に導く『適格者採用』の術式
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