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銀河漂流記 ーー遥かなる再会の空(12話)

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目次
登場人物
自己紹介

ユートピアの術式~亡き友が遺した4冊のファイル

二人が去り、静まり返った病室で、枕元のプロジェクターが小さな駆動音を立てた。
タイマーがゼロを刻むと、レンズからあふれ出した青白い光が、空中に一人の老人の姿を編み上げていく。

撮影したのは、死を覚悟した数ヶ月前だろうか。
それは、ボクの記憶にあるリョウさんよりも、ずっと深い歳月を飲み込んだ姿だった。
きれいに整えられた雪のように白い髪、日焼けした肌に刻まれた深いしわ。その一本一本に彼が過ごした六十年の歳月が沈殿ちんでんしており、言葉を尽くしても語りきれないほどの苦労がにじみ出ていた。

端正な顔つきに大きな変化があるわけではないが、事前に教えられていなければ、この人があのリョウさんだと認識できなかったに違いない。
けれど、すべてを見通すような澄んだ知性をたたえた眼差しだけは、あの日、ボクを送り出してくれた時のままだった。

ホログラムのリョウさんは、ふっと慈しむように微笑み、かすれた温かい声で語りかけてきた。

『……やあ、ユウ。気分はどうかな。無理をさせてしまい、本当にすまなかった』

その声を聞いた瞬間、喉の奥が熱くなった。
映像だと分かっていても、手を伸ばせば触れられるのではないかと思うほど、彼の存在はそこに「在った」。

「ああ……リョウさん。会いたかったです」

現実を忘れて、思わず声を掛けた。
むろん、光の像は答えてはくれない。彼はただ、一方的に、遺された言葉をつむぎ続ける。

『君がこれを見ているということは、私はもうこの世にはいない。直接再会し、語り合いながら引き継ぎをするのを楽しみにしていたが……非常に残念だ』

リョウさんは寂しげに視線を落としたが、すぐに顔を上げ、諭すような口調で続けた。

『だが、焦ることはない。今は体力を戻すことに専念してくれ。ゆっくり休むのはもったいないと思うかもしれないが、これは次のステージへ進むための、大切な準備期間なんだ。この時間を、4冊のファイルを読むことに充ててほしい』

そこまで言うと、再び視線を落とし、苦しげな表情を浮かべた。

『ユウが装置に入る前、私たちはまだ夢物語のようなことしか言えなかった。そんな不確かな話で君を孤独な旅に送り出したことを本当に心苦しく思っていた。
だが、私の後継者として、60年後の未来でこの大仕事を完遂できるのは、ユウ、君しかいないと確信していた。だから、ジャンケンで君が選ばれたとき、不謹慎にも私は、とてもうれしかったんだよ』

リョウさんは遠くを見つめるような眼差しになった。そしてすぐに、その眼差しは、気を引き締めるように真剣な色に変わり、

『同時に、君を裏切るわけにはいかないという猛烈なプレッシャーに襲われた。その重圧こそが、私に奇跡を起こさせたのだと思う。……ありがとう、ユウ。君は眠っている間も、ずっと私と一緒に戦ってくれていたんだ』

噓のない、感謝の言葉に目頭めがしらが熱くなる。ハンカチに手を伸ばそうと思ったが、真剣に語るリョウさんの言葉に耳を傾けることにした。

『仲間たちのことも伝えておこう。リーダー、サブリーダー、タクさん……みんな、実によく働いてくれた。
「奴隷にすれば寝首をかかれる」という私の脅しが効いたのか、サブリーダーは古代人に対し、青筋を立てながらも必死に「慈悲深い神」を演じきった。
その結果、彼は人々に深く愛され、葬儀には街中から人が集まったよ。それに、立派な石像まで建ててもらえた。スフィンクスよりすごい銅像を建ててもらいたいと願っていたタクさんが悔しがるほどのね。それほどまでに、サブリーダーは人々に感謝されたんだ』

そう述べた後、リョウさんの表情は、より柔らかなものに変わり、

『皆、それぞれに家庭を持ち、幸せな人生をまっとうした。私たちの孫は今、この地で暮らしているぞ。君と同い年くらいだ。詳しい昔話をもっと知りたければ、彼らに聞いてくれ。
……ああ、そうだ。私の孫の名前を伝えておこう。「ユア」という』

その名前を口にした時、リョウさんは愛おしそうに目を細めた。

『私たちの血を引いているからね、自分を律する厳しさや、一度決めたら曲げない気の強さに、戸惑うこともあるかもしれない。だが、心根はどこまでも真っ直ぐで、誰よりも人を想う優しい娘だ。それに、とても賢く、しっかりしている。
ユウのことも、よく話してある。彼女なら、君の最良の相棒になれるだろう。力を合わせて、夢の実現に向けて頑張ってもらいたい。
そしてユウ。次は君が私生活を充実させる番だ。……幸せになってくれ』

そこで一度言葉を切り、リョウさんは居住まいを正した。
その時わずかだが、リョウさんの視線はクリアファイルの上のハンカチに向けられた。
ボクもつられてそこに視線を移すと、なぜかお母さんの優しい笑顔を思い出した。

『さて、本題に入ろう。プランC——ユートピアの建設は、驚くほど順調だ。理由は三つある。
一つ目は、ここが「白紙」だったこと。つまり、スクラップ(解体)に汗水を流す必要がなく、古いシステムや既得権益の抵抗がないため、スムーズに仕事を進めることができたのだ。
二つ目は、原住民の純粋さだ。文明を知らない彼らには先入観がないから、私たちの思想や技術を素直に受け入れてくれたのだよ。
三つ目は、AIや3Dプリンターなどの高度なテクノロジーの助けを借りられたことだ。とくにAIには、助けてもらったよ。そのお陰で、想像を上回る速度で建設を進めることができた。

だが、その前段階のユートピアの成功術を見出すことには、実に苦労したな。環境と文明の共生――それは、有限の星の上で無限の成長を求めるという、二律背反にりつはいはんの戦いになるからね。
それに、ただ持続可能な高度文明社会を実現できたというレベルでは、住民に満足を与えることができないことも高いハードルだった。そのレベルだと満足してもらえないのは、器を作っただけで終わってしまうからだ。
重要なのは、器の中で暮らしている人が幸せであるかどうかなんだよ。
想像してごらん。環境危機の心配がなくなり、高層ビルが林立する大都会にある豪華なマンションに暮らせても、居住費が高すぎるせいで生活の余裕が奪われたら、幸せだろうか。その生活を維持するために、睡眠時間や一家団欒だんらんの時間を削って、魂を切り売りするように働く。そんなストレスまみれの人生なんて、楽しいわけがない。

その課題も解決しなければ、ユートピアとは言えないんだ。
ユートピアは人を幸せにすることに存在意義があるのだから、それが何より大事なんだ。そのことを忘れないで、仕事に当たってくれ。
だが、その理想を追求することは、難しいぞ。難しいどころか、物語のなかでしか存在しえないユートピアだと揶揄やゆされるほどの難易度だ。
けれども、有限の星のうえに無限の経済成長がなければ成り立たないシステムでやっていこうとすることのほうが、夢物語じゃないか。どんなに難しくても、星の限界を超えない規模で繁栄し続けられるユートピアを発明しなければ、プランCに成功したとは言えない。
そう自分に言い聞かせて、踏ん張った。その必死の努力が実って、何とか、そのユートピアを誕生させる「奇跡の術式」を発明できたんだ。仲間たちの知恵だけでなく、AIの力も借りてね。
そのみんなの叡智えいちが、この4冊のファイルに記されているのだよ。

 そのヒントを与えてくれたのは、二世代前の先輩たちが発明した、当時は画期的だった「ある製品」だった。 ……それは、これだ』

CEOが新製品の発表会でそれにかけられたベールをめくるような鮮やかな手つきで、リョウさんが空間をスワイプすると、映像の中に一つのホログラムが追加された。

「……っ! これは……?」

映し出されたその「製品」のあまりの意外さに、首を動かすことすら困難であるにもかかわらず、激痛が走るのも忘れて、ボクは思わず身を乗り出した。


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