巨人に挑む悲しき吸血鬼。なぜ蚊は呪われた運命なのか
蚊に刺される季節になりました。少し外に出ただけで、蚊が寄ってきます。昨日も、庭木に絡まった蔦を抜いていたら、知らぬ間に蚊に刺されてしまいました。
しかし、考えてみれば、蚊は因果な運命です。命がけで食事をしなければならないのですから。
漫画で言えば、進撃の巨人に自ら近寄っていくようなものです。巨人に気がつかれ、叩かれればそれでおしまい。自分が同じ立場だとすると、激戦地に向かうような恐怖です。たかが食事をするだけなのに、なんで毎食ごとこんな危険を冒さなければならないのかと、神様に不平を言いたくもなるでしょう。

蚊が血を吸う理由
蚊が人の血を吸わなければならないのは、子孫を残すためです。
血液には、豊富なタンパク質や鉄分が含まれているため、たくさんの卵を産むための重要な栄養源となるわけです。
だから、血を吸う蚊は、産卵期のメスだけになります。

そう考えると、蚊に同情します。かゆくならず、刺された場所が腫れなければ、いくらでも吸っていいよという寛大な気分になります。
小さな命との向き合い方
私も不必要に虫を殺したくありません。
家の中に入ってきた虫を捕まえた時は、殺さず、外に放してやります。命を救ってやったら、どんなにその虫が喜ぶだろうかと思うからです。
昨年は最愛の母を亡くし、今年は父が重病を患うという悲しみに見舞われました。そうした辛い経験を通して、私はなおさら、命の尊さを心から実感しています。
また、その行為をしている最中には、芥川龍之介の作品『蜘蛛の糸』も思い出しています。地獄に落ちた罪人のなかで、生前に蜘蛛を助けてやった罪人がいるのをお釈迦様が見つけ、彼を救ってやるために彼のもとへ蜘蛛の糸をたらしてやるという物語です。

すべての行為をお釈迦様が見ているのだから、たとえ虫であっても殺生はいけないという思想が、この小説によって刷り込まれてしまいました。
かゆみと感染症のメカニズム
蚊に刺されるとかゆくなるのは、蚊の唾液に原因があります。この唾液に対して体がアレルギー反応を起こすため、かゆみが発生するのです。
蚊が血を吸う際、唾液も注入するのは、血液が固まらないようにするためです。蚊の口の管は非常に細いため、血液が固まるとすぐにつまり、それ以上吸引できなくなってしまいます。これを防ぐため、血液をサラサラにする成分が含まれた唾液を最初に注入するのです。
蚊の問題は、かゆくなるだけではありません。
蚊は、マラリアやデング熱など致死的な感染症を媒介する危険な昆虫でもあります。蚊は世界で最も人間を殺している生物とされており、吸血の際にウイルスや寄生虫を体内に注入することで、様々な病気を引き起こすのです。

人間にとっても、蚊は命を奪う存在になりうるのです。だから、だまって蚊に刺されるわけにはいきません。
ダニというもう一つの脅威
蚊の他にも、アブやブヨ、ダニなど、卵のために血を吸う昆虫がいます。そして蚊と同様、刺された後はかゆくなり、腫れます。
ダニのなかには、産卵のために人を刺すわけではない種類のものもいます。
代表的なのは、ツメダニです。ツメダニは室内に多くいて、他の虫を捕食する際、間違えて人間を刺します。血を吸うわけではないため、体液を注入したあとにすぐ離れますが、強烈なかゆみがでるので迷惑な存在です。
最もやっかいなのは、マダニです。マダニは「殺人ダニ」と呼ばれるほど極めて危険な生物です。
マダニが媒介するSFTS(重症熱性血小板減少症候群)というウイルス感染症にかかると、命を失いかねません。致死率が10〜30%とされ、特効薬やワクチンがないからです。
マダニが人の血を吸う目的は、産卵に必要な栄養を摂取するためです。
マダニに刺されても、蚊のようにかゆくなりません。しかし、それがむしろ問題になるのです。刺されても気がつかない状態が続いてしまうため、何日間も血を吸い続けられてしまうからです。
ダニに比べると、蚊は圧倒的に発見されやすいです。
目視できる大きさですし、羽音で存在を察知されてしまいます。さらに、吸血中は針がすぐに抜けない上に、吸血後は体重が増加するため、迅速に逃げることができません。
まさに呪われた宿命と言っていいほどです。

なぜ「血液」が必要なのか
産卵のための栄養素として血液が必要ならば、他の昆虫はなぜ血液を必要としないのだろうという疑問がわきます。
その理由は、幼虫のときに一生分のタンパク質を溜め込めることにあります。
具体的に説明すれば、その時期に、葉っぱや木、腐葉土などを大量に食べて体内に豊富なタンパク質(栄養)を蓄えるということです。その状態で成虫になれば、生きるためのエネルギー源(花の蜜や樹液などの糖分)を吸うだけで十分に卵を産むことができるというわけです。
それに対し、蚊の幼虫であるボウフラは、水中のわずかな有機物や細菌しか食べられず、卵を作るほどの十分なタンパク質を蓄えることができません。だから、成虫になってから動物の血という『超高濃度のタンパク質』を一気に摂取する必要があるわけです。
ビルの地下の汚水槽などの泥水で育つ種類の蚊(チカイエカ)のボウフラは、その水に非常に豊富な有機物(栄養)が含まれているため、成虫になってから一度も血を吸わずに最初の卵を産めるそうです。
しかし、ボウフラは非常に小さく、取り込める栄養の絶対量(限界値)が少ないため、1回目の産卵に必要な栄養量しかため込めません。だから、2回目以降の卵を産むためには、やはり人間の血が必要になります。
また、蚊には「交尾をしたら、動物の血を感知して吸いに行く」という本能(遺伝子スイッチ)が組み込まれているため、栄養が足りていても吸血行動を起こしてしまいます。これも蚊の悲しき宿命です。
科学の力で、吸血のない世界へ
近年では遺伝子操作技術を使って「そもそも血を吸う本能を失わせた蚊」や「不妊の蚊」を野生に放ち、蚊を絶滅させる(または感染症をなくす)研究が世界中で進んでいるそうです。
蚊に刺されるのは、夏の悩みのひとつです。蚊に刺されて亡くなる人を増やさないためにも、それらの研究が実を結ぶことを祈ります。
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