「左遷の連続」から社長へ。絶望を大逆転させた驚異のサラリーマン人生。逆境を乗り越える「左遷哲学」とは
落ち込んでいるとき、偉人の本を読んで励まされた経験がある方は多いのではないでしょうか。
私にも、心が折れそうになるたびにページをめくる大切な本があります。
それは、『ビジネスマンが読んでおくべき 一流人のあの選択、この決断 この99のヒントがあなたの人生を開く』(船井幸雄監修・知的生きかた文庫・三笠書房)です。
今回から全6回にわたり、本書に登場している一流経営者から学んだ「ピンチを乗り越えるヒント」を紐解いていきます。
この本では99人の一流人の成功談が紹介されています。どれも励まされる話で、ハズレがありません。
そのなかでもとくに感銘を受けたのが、名古屋鉄道の社長を務めた土川元夫さんのエピソードです。
土川さんは、昭和期の名古屋鉄道社長として、名鉄グループの多角化・近代化を牽引した実業家です。
鉄道事業だけでなく、名鉄百貨店、日本モンキーセンター、明治村などを次々と企画・実現し、中部地方の都市開発に多大な功績を残した優れた経営者です。

そんな数々の事績をあげた名社長である土川さんですが、そのキャリアは驚くべきことに「左遷の連続」でした。その原因は、当時の社長に激しく憎まれてしまったことにあります。
なぜ、それほど憎まれてしまったのか。理由は、会社の「合併人事」への不満でした。
土川さんが新卒で入社した「名岐鉄道」と、ライバルだった「愛知鉄道」が合併した際、新社長には愛知鉄道の社長が就任することになります。これに対し、土川さんが漏らした不満が、あろうことか新社長の耳に入ってしまったのです。

軽率な発言だったと言えばそれまでかもしれません。
しかし、「名岐鉄道のほうが規模が大きいではないか」という疑問や、「自分たちのトップが新社長になるべきだ」という愛社精神があったからこそ、つい口に出てしまったのでしょう。
そのような人事になった背景には、不運な出来事がありました。
実は、新社長に就任する予定だった名岐鉄道の社長が急死してしまったのです。それを好機と捉えた愛知鉄道の社長が、横取りする形で新社長の座につきました。
名岐鉄道を深く愛していた土川さんにとって、これはどうしても許せない暴挙でした。
新社長としては、不満分子である土川さんをクビにしたいものの、正当な理由が見つかりません。
そこで、左遷という手を使っていじめ抜き、自ら会社を辞めるように仕向ける手段に出たのです。どこまでも悪知恵を働かす陰湿な人物です。
このとき、土川さんは32歳。まさに働き盛りの年代でした。
しかし、試練は仕事だけにとどまらず、家庭でも悲劇が連続します。
最愛の奥様が3歳の長男を残して先立ち、続いて母親、さらには父親と、大切な家族が短期間のうちに次々に亡くなってしまったのです。
昨年母を亡くし、今年になって父が重い病に倒れた私には、土川さんの当時の辛さが痛いほど分かります。

それでも、土川さんはへこたれませんでした。
どれだけひどい仕打ちを受けても根を上げず、むしろ仕事を楽しんでいるかのように生き生きと働き続けたのです。
面白くないのは新社長です。心の中で「こんちくしょう!」と歯噛みしたに違いありません。
ならばもっといじめてやろうと、よりやっかいな問題を抱えた部署へと土川さんを異動させました。しかし、そこでもまた生き生きと働かれる——そんな攻防の繰り返しでした。
土川さんが左遷ばかりの不遇な社員から社長にまで上り詰めることができたのは、問題の多い部署に赴くたびに、そこで見事な成果をあげ、「なんて、すごい人物なんだ」と周囲に認められたからでした。
さて、土川さんはこれほどの受難を、どのようにして乗り越えることができたのでしょうか。
実は、土川さんには次のような、独自の「左遷哲学」がありました。
左遷のたびにやすやすとこれに従い、会社発展のために努力をすると、これは意外な同情をえられるものである。
私の場合、どこへ持っていかれようと、自分の運命は仏に任せてあるので、一向に気分的にまいることはあり得ない。
この達観した不屈の精神力は、彼が青春時代に打ち込んだ「剣道」によって養われたものでした。
そして、宮本武蔵の『五輪書』から人生の奥義を学んでいたのです。
そこには「勝つためにはまず己に勝つことから始まる。そして一切に勝つ。森羅万象に打ち勝たなければならない」という教えがありました。

また、土川さんの心の中にあった「仏」のなかには、阿弥陀如来だけでなく、先立たれた奥様やご両親もいたのでしょう。毎日、仏壇に手を合わせるたびに、「今日も頑張ってくるから、よろしく頼むよ」と語りかけていたのかもしれません。
それらの力を借りて、どこへ飛ばされても、「自分を空にして孜々として勉励するより他に道がない」と自分に言い聞かせ、数々の困難を乗り越えていったのでした。
実際に、どんな仕打ちを受けても腐らずに会社のために地道な努力を続けていると、心ある人が必ず見ていてくれて、そっと力を貸してくれたのです。
その経験があるからこそ、左遷のたびに、土川さんは『気に入らぬ 風もあろうに 柳かな』という句を手のひらに三遍書いて、悔しさを飲み込み、不当な人事にも大人しく従ってきたそうです。

柳の枝が折れないのは、強風を柔らかくしなやかに受け流せるからです。
その通りで、不遇を嘆き、自分を憐れんでばかりいては、頼りないか細い枝のように簡単に心が折れてしまいます。
逆境をも楽しむ余裕をもち、腐らずに地道な努力を続けていけば、それをチャンスに変えることができるのです。
私も土川さんを見習い、逆境のプラス面を見つめ、地道な努力を重ねることで、今の困難を乗り越えたいと思います。
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